感情の揺れ方

それでも笑っていたい

真風涼帆・潤花の退団によせて

 ダニー・オーシャン、シャーロック・ホームズ、そしてジェームズ・ボンド。これらの役をたった一人の俳優が、それも「宝塚歌劇のトップスター」として演じるということの重責、そして困難は想像するにあまりあるが、真風涼帆という舞台人は常に最高のパフォーマンスで応えてきた。ホームズやボンドだけではなく、彼は『天は赤い河のほとり』のカイル、『HIGW&LOW』のコブラといったいわゆる「原作モノ」の主演を務めることも多かった。すでに広く知られているキャラクターを演じるということは、不特定多数の人々が抱くイメージを舞台上に立ち上がらせるということである。同時に「宝塚歌劇」らしさを決して失ってはならないという難題が加わるのだが、真風涼帆は「宝塚の男役」を演じるのが非常に上手い。男役らしい男役と評されるそのヴィジュアルに反して、王道の男役を演じることは少なかった真風涼帆だったが、彼は王道を行くのではなく、自らの歩んだ道を王道とするような男役だった。

 前任の宙組トップスター・朝夏まなともそうだったが、真風涼帆も端的に演技力・表現力に長けた舞台人だった。二番手時代に演じた『メランコリック・ジゴロ』のスタンで見せたコミカルさ、『神々の土地』のフェリックスで見せた抑制の効いた立ち姿。トップスター就任以降も前述したさまざまな役柄を演じ、日本初演となる作品の主役を務めることも多かったが、彼は常に宝塚歌劇のトップスターとしてそこにあったし、常に真風涼帆としてそこにあった。宝塚歌劇団において、芸名を背負ったスターシステムにおいて演じる役柄にすべてを投げ出して染まりきるのは、色々な意味で難しい。ときにはそれが制約となることもある。しかし真風涼帆はその特異なバランス感覚と、役柄を飲み込んでしまうような包容力でもって、すべての難役をこなしてみせた。およそ近年でも稀に見る幅広い演技を見せたトップスターなのではないかと思う。

 真風涼帆を特徴づけるこのバランス感覚と包容力は、組全体にも大きな影響を与えていたように感じる。特に相手役、星風まどか・潤花という二人のトップ娘役の躍進、成長に真風涼帆が演じた役割は大きい。星風も潤も、トップ娘役就任の早さがとりざたされることの多い二人だが、今や星風は専科から花組へと組替えし、トップ娘役として押しも押されもしない活躍を見せているし、潤も就任前から定評のあったダンスだけでなく演技力でも大きな成長を遂げた印象がある。組を超えた星風の躍動も、パーソナルな部分も含めた潤の伸び伸びとした成長も、真風なくしてはありえなかった。特にこのエントリーでは潤花に焦点を当てたい。個人的には、雪組時代から印象的なダンスを踊る娘役という印象はあったものの、強みである彼女自身の明るさやチャーミングな部分が演技や役柄の表現を邪魔しているようにも感じていた。今になって思えば、三度演じた新人公演ヒロインの本役がすべてあの真彩希帆だったということも関係しているかもしれない。演技力が武器の娘役ではない。そんな先入観が裏切られたのはお披露目公演『シャーロック・ホームズ─The Game Is Afoot!─』だった。アイリーン・アドラーを演じる彼女の印象は、それまでとはまったく違うものになっていた。世界でもっとも読者が多いとされる『ホームズ』シリーズ。そのホームズを出し抜いた唯一の女性とも称されるアイリーンを演じるのは、真風涼帆に劣らぬ重圧があっただろう。そう、真風涼帆の相手役を務めるということは、誰もが知っているキャラクターを演じることのプレッシャーを共に背負うということなのだ。持ち前の明るさで重責を跳ねのけていっただろう潤花が宙組に与えた影響もまた、大きい。

 最後に、個人的な二人のベストシーンを挙げて終わりにしたいと思う。まず、真風涼帆は『アナスタシア』のすべて、『神々の土地』での「どちらにです?」というセリフ。潤花は『シャーロック・ホームズ』のすべて、『Délicieux!-甘美なる巴里-』でのカンカン。

 

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