感情の揺れ方

それでも笑っていたい

映画評:トッド・フィールド監督作『TAR』

 映画の評価が「俳優の演技・映像・演出・設定」だけで決まるとしたら、この『TAR』はまごうことなき傑作だった。そう断言できるほどにケイト・ブランシェットをはじめとした演者のパフォーマンスは素晴らしいものだったし、執拗なほどに徹底した同じモチーフ、ショットを多用する演出もまた強く印象に残っている。しかし映画とは総合的なものであり、この『TAR』について言えば、脚本だけが他の要素よりも数段劣ると言う他ない。だが「脚本がいまひとつ」と評価するのも、評価してしまうことにもある種の困難がある。なぜなら個々の場面、筋書ややり取りには秀でたものがあるからで──なんと表現すればいいのか、エンドロールが終わった後に抱いたのは「面白くなかったとは言いたくない」という感想だった。トッド・フィールドで、この設定で、ケイト・ブランシェットがリディア・ターという役柄を演じて、美しい場面があって。それでこんなことになるわけがない、とでもいうような。

 正直なところ、この文章を書いている今も今作に対する評価は自分の中で固まっていない。非常に優れた部分も存在するけれど、作品全体として面白かったのかと言われれば首を縦に振ることも、また横に振ることもできない。そんな感覚が残る映画だった。