感情の揺れ方

それでも笑っていたい

劇評:マイケル・アーデン演出『ガイズ&ドールズ』

 舞台演劇、ひいてはエンターテインメント、いやおよそすべての人々がコロナ禍の長いトンネルに苦しむ中、『ガイズ&ドールズ』もまたそのすべての公演が無事に上演されたわけではなかった。公演中止の報が日常茶飯事になったとしても、中止になった公演が自分の取ったチケットとは無関係だったとしても、胸が痛むことに変わりはない。

 人と人との間に横たわる断絶、隔絶のようなものの存在が強く意識されるようになってしまった現代にあって、この『ガイズ&ドールズ』は二人の人間が寄り添って同じ場所を目指すことの尊さを描く作品でもある。スカイ・マスターソンとサラ・ブラウン、ネイサン・デトロイトとアデレイド。二組のカップルが遠回りをしながらも迎える結末はハッピーと言う他ない。ただなぁなぁで共に過ごすだけではなく、自らの在り方を大きく変え、そしてしっかりとした形式に則って共に「生きていく」ことを決める。作品の持つメッセージ性は時代によって変化するものだが、彼らの生き方から感じられることもまた、この時代にあって大きく変わったように思われる。それは何も70年以上遡るブロードウェイの初演と比べて、というだけではなく、2015年の宝塚歌劇団星組公演と比べてもそうではないだろうか。

 まずは各キャストのパフォーマンスから触れていきたい。今回の上演で主役のスカイを演じるのは円熟味を増している井上芳雄、一方のネイサンは浦井健治という顔ぶれ。そしてサラ・ブラウンを明日海りおが、アデレイドを望海風斗が演じるということでキャスト発表当初から非常に話題となった。スカイ・マスターソンはロマンに満ちたキャラクターである。空にも届かんばかりの賭けっぷりから「スカイ」と呼ばれるアメリカで一番のギャンブラー。セリフと立ち振る舞いからにじみ出るカッコよさを表現する井上芳雄のパフォーマンスは素晴らしく、星組公演版北翔海莉のスカイとは違った、ある種のリアルさを生み出していた。この絶妙な「リアルさ」は各演者の演技だけではなく、演出も含めて作品全体を貫くもののように感じられたが、この点については後述したい。一方でネイサン・デトロイトもまた難役である。アデレイドとの婚約期間はなんと14年。一般的にはあまりにも長い、長すぎる結婚前夜になぜアデレイドは耐えているのかという観客の疑問に答えるだけの説得力を持たせなければ、ネイサンというキャラクターは成立しない。この点に対する浦井健治の解答は、スカイとのコントラストを際立たせることで、つまりネイサンの持つ「弱さ」とでも言うべき部分を強調することだったように思う。そうすることで逆説的に際立つのはネイサンに対するアデレイドの愛、「それでも好き」という感情の、ある種暴力的な部分である。ミュージカル界にとって欠かせない存在になりつつある浦井健治の成長を感じられるパフォーマンスだった。

   

 そのネイサンを愛してやまないアデレイドを演じた望海風斗は流石の一言。宝塚歌劇団退団後から勢力的な活動を続け、歌唱力はもちろん演技力にも目を見張るものがある。宝塚版のアデレイドはかわいらしい、「オールドミス」の肩書きがそれほどフィットしていない礼真琴によるアプローチが記憶に新しいが、望海のアデレイドはよりブロードウェイ版のそれに近い造形だったのではないだろうか。そしてやはり軍曹サラ・ブラウンを演じた明日海りおの印象は鮮烈かつ強烈なものだった。花組トップスターとして時代を支えたころの立ち姿とは打って変わって女性らしさのある彼女の姿に、ファンとしては一抹の寂しさもあったが、卓越した表現力はそのまま。救世軍という立場とスカイへの感情の間で揺れ動くサラというキャラクターを見事に演じていた。

 演出面で印象に残っているのは、「これは舞台作品である」ということと「彼ら(登場人物たち)は実際に生きて生活している」という二つの相反する要素を巧みに両立させていた点。まず画面造りが上手い。もちろん映像作品とは違って舞台作品は観客の視点を造り手の思うように固定することは出来ないのだが、観客が見るものすべてに対して徹底的に意識を張り巡らせていたように思う。舞台セットは回転しながら場面場面を切り取りつつ、オープニングの長い長い生活の描写で観客を当時のニューヨークへ誘う。板の上を行き来するのは実際に、本当に生きている人間たちなのだと思わせる。スカイとサラがハバナから帰ってくる場面の演出は特に印象的。振り付けや演出は素晴らしかったものの、やはり著作権の関係で変更せざるを得ないのだろうセリフや各ナンバーの歌詞には違和感があった。宝塚版を見慣れているという点を差し引いても、このセリフがそうなってしまうのかぁと感じた場面がちらほらとあり、その辺りの難しさが垣間見える。しかし全体的に言えば素晴らしく、決して無事とは言えないがこの作品が上演にこぎ着けたことは、一人のミュージカルファンとして心から嬉しく思う。各出演者のこれからにも期待したい。

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