感情の揺れ方

それでも笑っていたい

2015年星組公演『ガイズ&ドールズ』──オシャレなセリフとギャンブラーの両手──

「教会に従い迷い捨てよう 祈り知らぬ者たち いざ教会へ」

        ──『フォロー・ザ・フォールド』より

 ミュージカル『ガイズ&ドールズ』において何度も繰り返されるこの曲、この一節にある「祈り知らぬ者たち」とは誰のことだろう。すぐに思いつくのはブロードウェイを埋め尽くすギャンブラーたち──スカイ・マスターソンやネイサン・デトロイトを筆頭にしたギャンブラーたち──だが、それは果たして正確ではない。何故なら、彼らはすでに「祈り」を知っているからだ。来る日も来る日も運否天賦のギャンブルに身を投じているからだと連想するのは簡単だが、それもまた正確ではない。スカイ・マスターソンは、いや罪深きお歴々は歌うのだ。下水道という地の底で、運命の神様に向かって。

「運命よ、今夜は女神らしく

 運命の神様、あなたは女神 気まぐれな女らしい神だけど

 せめて今日は味方について

 夜明けまでに逃げたくなるかもしれない

 帰りたいわと言うだろうさ だからただ祈るだけ」

         ──『運命よ、今夜は女神らしく』

 ギャンブラーたちが救世軍の教会に来ないのは、祈りを知らないからではない。むしろ彼らは「祈り」を知っているからこそ、教会に行くことがないのだ。

 『ガイズ&ドールズ』という作品は、歌だけではなく会話でキャラクターや物語を説明するのが上手い。非常に上手い。巧みと言っていいレベルにある。何より説明的なセリフはほとんどなく、どれもがオシャレなのだ。例えばネイサンの取り巻きのひとりであるベニー・サウスストリートは冒頭、街頭演説でギャンブルをやめろと訴えるサラに「嫌だね」と野次を入れ、救世軍の面々がどうやって生計を立てているかという話題に対して「ま、とにかく、神の恵みがあるんだろ」と言い捨てる。彼にはギャンブルをやめる気などサラサラないし、一般的な労働と報酬による生活が「神の恵み」によって成立するように見えている。スカイが登場する前のやり取りも良い。スカイ・マスターソンというギャンブラーに関する会話を主要キャラクター以外の人物にさせ、彼のことを知らない人間も巻き込むことで「すごいギャンブラーがいること」だけでなく「スカイという通り名がある」ということを同時に示している。この一見さらりと行われるやり取りが、サラにスカイが自分の名前を打ち明ける場面に効いてくる。最も「セリフがキャラクターを表している」のはやはり、ネイサンのこのセリフだろう。

フる気はないさ。俺はアデレイドを愛してる。それに野郎には女が必要だ。レストランに行く時だって、後から美人がついてくりゃさまになるさ

         ──ネイサン・デトロイト

 『ガイズ&ドールズ』において各登場人物の経歴が説明されることはない。しかしこのセリフには、遊び人で気まま者で乱暴なネイサン・デトロイトのパーソナルな部分が直接的に、あるいは間接的に示されている。レストランで女性を自分の後ろに歩かせるのは、紳士の振る舞いではないとされるからだ。そして作品の根幹を示唆する「会話」のひとつにも、ネイサンが関わっている。

「アデレイド、見ておくれ、跪いて頼んでるんだ、すべてうまくいってるじゃないか、俺たちは愛し合ってるんだし、もうすぐ結婚もするんだし

「立ったらどう?サイコロ振る格好思い出すわ」

       ──ネイサン、アデレイド

  アデレイド、つまり女神に跪く姿と、サイコロを振る姿は同じなのである。ならスカイが、2010年代宝塚歌劇でも屈指の名シーンに数え上げられる「下水道でのクラップ・ゲーム」へと続く会話で言うセリフに聞こえ方も変わってくる。

「おいみんな!今夜、ミス・サラ・ブラウンの教団では、西49丁目508番地の支部   で、深夜ミサを行う。俺はそこへ、罪人を何人か送り込む約束をした。さて、罪深いやつを探すとなりゃ、ここにいるお歴々は最後の候補者ということになる」

「ハレルヤなんかで夜を無駄にしたくないね」

「俺のためじゃない、あんた自身のためだ。教団の空気の方がずっと綺麗だぜ、こんな下水の空気より」

       ──スカイ、ハリー・ザ・ホース

「もういい!そんなダイスじゃ、ビッグの魂は救えねぇぜ」

「なんだって?」

「そんなダイスじゃ、魂は救えねぇって言ってんだよ!」

「それじゃあ俺が救ってやるよ。お前たちの魂は、お前も、そっちも!俺がダイスを振る。俺はてめぇらの魂一個一個に1000ドル張る。キャッシュで1000だ。魂とかいう借用書1に対して」

        ──ハリー、スカイ

 「この勝負には金以上のものがかかってるんだ!」とサイコロを振るスカイ・マスターソン。「祈り」と「救い」。彼の「祈り」はもはや博打を張ることではなく、彼の「救い」はもはや金ではない。サラ。彼にとっての「救い」はサラ・ブラウンとの約束を果たすことによってのみ達成される。サイコロを振る彼の姿、「座れ!」すなわち「信仰心を持て」とギャンブラーたちに言う彼の姿は正反対のようでいて、しかし不思議な相似関係にあるのだ。

 説明的なセリフも、お節介なナレーションもないこの脚本と演出を演じきるのはタフだったはずだが、北翔海莉を筆頭にした当時の星組主要メンバーの実力が光っている。特に北翔と妃海風、紅ゆずると礼真琴という各カップルの掛け合い、北翔と紅のハイテンポなやり取りは素晴らしく、七海ひろきや美城れんといった実力派が見せる場面場面でのパフォーマンスにもキラリと光るものがある。明るくハッピーな気持ちになること間違いなしのミュージカル『ガイズ&ドールズ』。そのオシャレなセリフの巧みさもまた、大きな魅力のひとつである。