感情の揺れ方

それでも笑っていたい

週間日記(2021/08/16~08/22)

 8/16(月):朝は雨が降っていなかった。徐々に雨が降ったりやんだり。地震で目が覚める。滋賀に二度地震があって、明け方5時にあった一回目は気がつかなかったけれど、8時くらいの二度目には気がついた。気がついたというか、揺れ始める直前にパッと目が覚めた。東京で先輩の家に泊まっているときにも揺れの直前に目が覚めることがあったけれど、これは特殊能力とかではなくて、無意識のうちに揺れで目が覚めて無意識のうちに身構えているということなのだと思う。たぶん。「ラヴィット」を見ながらぼんやりと朝ご飯を食べて、午前中から外出する。車に乗って高速道路をひた走る。国道一号線が通行止めになっている影響で、名神高速道路の大津ー京都東間が無料になっているらしいけれど、カーナビの指示に従って京滋バイパスから中国道というルートを通った。唯唯諾諾。カーエアコンの通風孔に突き刺すタイプのスマフォホルダーが欲しいなとうっすら思っている。最近カーナビの調子が悪いことが多くてどうしたもんかいのぉ状態になることがあるので、保険としてグーグルマップも同時に見ておきたい。なきゃないでどうにでもなるので、たぶん買わない。宝塚ICで降りて、車を駐車場に止める。いつも通り開演時間ぎりぎりに入って、なるべく安心安全に。演目は『シティーハンター』と『ファイヤーフィーバー』。感想は後日。新トップコンビのもと、組のカラーがガラッと変わった。前体制が前体制だっただけに。あと、雪組若手娘役の層、ソフトバンクホークスの選手層くらい厚いなと思った。まっすぐ帰宅。夜はボチボチ過ごす。もうちょっと作業してから寝たい。

 

 8/17(火):今日も雨が降っている。一年に二回梅雨が来ている。言葉の定義上、秋雨前線の停滞による長雨を梅雨と表現することは出来ないらしいが、これはもう完全に梅雨です。今日は特になにもせず。午前中のうちに外出して、郵便局へ行ったくらい。書類を提出。自分が外に出た瞬間、それまで小康状態だった雨が強くなって悲しかった。そういうこともある。昨日から甥っ子が家に来ていることもあって、本当に何もしていない。出来ることがない。生命力の塊と対峙していると、自分の無力さを痛感する。勉学に一体何の意味もあるのかと、そんな疑問が頭を離れなくなる。勉学というか、自分の人生に。連想ゲームみたいな文章で申し訳ないけれど、反出生主義は気軽に触れていいようなものじゃないと思うのだが、悪いインターネットでは結構な頻度で見かけることがある。もうちょっとこう、自分が何を考えているのかに対して敏感になった方が良い。ゴリゴリの哲学と倫理学をやるというのは、それなりにしんどいことではないでしょうか。というか、そもそも「大学で4年間勉強してようやくなれる学士」に対しての見識が……やめましょう。夜はまず「バナナサンド」。ほとんど総集編。最近こういう、総集編じゃないですよみたいな顔をした総集編が多い。次は「マツコの知らない世界」。アイスの世界で放送されていた長崎のカステラアイスがめちゃくちゃ美味しそうだったので調べたら、もうまったく公式サイトにアクセス出来なかった。悲しい。カステラ、好きなものランキングの上位に食い込んでくる。早めに寝たい。

 

 8/18(水):今日も特になにもせず。雨と雷。やるべきではない祭りをやるべきではないタイミングで強行したら二回目の梅雨が来て国がめちゃくちゃになっている。正直天候も感染症の流行も、もうどうにもならないんじゃないか?という思いがある。もうこの病気はどうにもならなくて、ずっとこうやって人類は撤退戦を続けていくしかなくて、自分の愛していたものが本来の姿に戻ることは二度とないんじゃないか。どうしてもそう思ってしまう。そんな世界に希望はあるのだろうか。発見に値するほどの生きる意味が、転がっているのだろうか。自分としては、死を選ぼうとしている人に対して「まだ希望があるよ」とは口が裂けても言えないというのがこの一年の正直なところだ。もっと厳密な言い方をすれば、「希望がなくてもなんとなく生きていける」状態だったのが「希望がなければ生きていけない」状態になってしまった、と言う方が近いかもしれない。それが分かりやすくなったというか、目に付きやすくなってしまったというか。影が濃くなると、強い光が必要になる。

   

 8/19(木):雨。朝から雨。完全に寝過ごした。アラームは止まっていた。ダメなスタート。今週はもうダメそうです。高校野球は2年ぶりに甲子園球場で開催されているけれど、感染症と「梅雨・ザ・セカンド」の影響で日程をまったく消化できていない。しかもまだまだ雨は降り続くようで、9月に突入することも予想される。高野連は完全に「雨予報だけどやれるところまでやろう、成立したら御の字」みたいな雰囲気で試合を進めていて、高校生が犠牲になっている。週末の草野球じゃないんだから、ちゃんとやって欲しい。これはすべての高校スポーツひいては教育機関に対しての思いですが……。この一年以上、学生は犠牲になっている。ずっと。赤子から大学院生まで、みんなが犠牲になっている。いや、犠牲になっていない人などいるのだろうか。やっぱりこの社会で一番強くて優先されるのって企業とその利益なんだぁと思う一年でもあった。しんどいばかりです。午前中は適当に過ごして、昼前から外出。車に乗ってイオンモールへ。めちゃくちゃ雨の強い時間帯で、車内で流している音楽が全然聞こえなかった。望海風斗、真彩希帆をもってしても全然聞こえなかった。湖岸道路をあんなにゆっくりと運転したことはない。雨のせいなのか感染症の流行なのか分からないけれど、めちゃくちゃ空いていた。夏休みなのに。今日は欲しいと思っていたものが何から何まで売っていなくて、しょんぼり。無印良品では洗顔ネットが売り切れで、書店では雑誌が置いておらず。こういう日もあるかぁと思い、無印でメロンソーダを買い込んだ。3本。夏の終わりに抗っていきましょう。昼過ぎに帰宅。午後はすこし寝てから机に向かう。窓を開けていたらセミがうるさかった。蝉も抗っている。私も頑張ります。夜は特になにもせず。「VS魂」を久々に見たら、制作陣の苦悩や試行錯誤の感じられる内容になっていた。大丈夫かな。今日は早めに寝て、明日から切り替えて頑張りたい。

 

 8/20(金):微妙な天気。微妙というか、普通に雨。ぼんやりと起きて、録画が溜まっていた「熱闘甲子園」を見ながら朝ご飯を食べる。彼らの未来に幸多からんことを……と思ったりするが、今まさに雨が降っていて困っている人にすべきなのは傘を差しだすことだよなとも思う。問題は自分の手に傘がないということなんですが……。午前中はとりあえず家のことをして過ごす。「ハライチのターン」を聞きながら。岩井さんのする家族の話が好きだ。全員基本ベース高圧的な家族。掃除機をかけ、洗濯物に手をつける。蒸し暑い。いやな汗が出る。日本の夏。夏っぽさの低い年だけれど。午後は机に向かう。文学史をやる。結果的に、書くことがない。ただ、「アーティストはノンポリなので……」みたいな不文律が生み出してきた弊害について考えたりした。政治に対して口をつぐむことと、自分の振る舞いが帯びる政治性(これは「政治性」ではなくてあらゆる「影響」と言い換えてもいい)に対して鈍感なことは全く別の問題になる。感染症が流行してからというもの、まぁ、いろいろな人が現れては消えているが……。全部書くのが嫌になってきた。何かの機会に全部書くかもしれない。目から鱗が落ちたなら、目に鱗が入っていたときの振る舞いについても考えてみてくださいというか、自分が生み出したものの影響についてよーく考えてみてくださいというか、そういう話です。クリエイティブを自称するみなさん。ノンポリだったら清廉潔白でいられるとは思わない方がいいというか……。個人的なイライラを日記に書くのはアンガーマネジメントの敗北に他ならないので、反省します。夜は「ぴったんこカンカン」のスペシャルを見たり。来月の最終回を前に、完全に今までの歴史を振り返るターンに入っている。安住さんのこう、ロボットみたいな感じが好きなので、バラエティの枠組みでタレントとしゃべっているところを見られる機会があればいいなと思う。今日も早めに寝たい。

 

 8/21(土):昨日は寝る前にTVerで「水曜日のダウンタウン」を見た。「人がいるドッキリ」シリーズの最新作。見取り図のふたりがドッキリにかけられていて、盛山のリアクションが最高だった。喜怒哀楽のどれかが振りきれると下唇が痙攣する遺伝体質ってなんですか。今日も微妙な天気、気温。雨が強く降る時間はなかったものの、窓を開けていると雨のにおいが入り込んでくる。甥っ子が帰ってきているので、今日は特に何もしなかった。書くこともほとんどない。マクドナルドの期間限定バーガーが美味しかったとか、フジロックが開催されているとか、そういうことくらい。高校野球の話でもしましょうか。オリンピックによる開催時期の繰り下げと、季節外れのえげつない雨による順延は、高校球児に大きな影響を与えている。雨による順延以降、明らかに打線が湿っているチームが増えた。完封されるチームが非常に多い。短いチームでも予選から3週間が経過したこと、雨で練習が出来ないこと、そして「本当に試合はあるのか?」という不安から、試合感を取り戻せない選手が多いのだろう。高校生のメンタルはそこまで強くない。そもそも新型感染症の流行もあり、彼らの精神的ストレスは想像するに余りある。観客のいないスタンド、普段通りにはいかない生活。体調を崩したら終わり。いったいどうなってしまうんだろう。これから先。

 

 8/22(日):微妙な天気。インターネットにアクセスする時間を減らそう減らそうとは思っているものの、やっぱりちょっとした時間に見てしまう。ロックフェスの開催に関する議論をいろんな人が喧々諤々とやっていて、まぁ見ているだけで疲れてしまう。「死人が出るかもしれない」という前提で個人が個人の行動を制限しようとすることに賛同する人、明らかに自らの歴史に後ろ指を指すことになると思うんですが、大丈夫ですか。感情の話をすべて無意味なものとして切り捨てるのはかなり危険なことで、「理屈はこうだけどそうはいかないよね」という姿勢を吟味せずに切り捨てるのは無意味じゃないかなぁと考えながら思考を進めなければ現実には対応できない。人間が理屈だけで動くなら世界には功利主義以外の思想は存在しないし、資本主義が支配的な体制になることもなかったんじゃないですか。一歩も外に出なかった。天気が悪いと精神衛生も低下する。そういうときは寝続けるのがいいので、いつの間にか夜になっていた。録画していた『刑事コロンボ』を見たり。早く寝る方が良さそうなので、早く寝たい。