感情の揺れ方

それでも笑っていたい

2015年星組公演『桜華に舞え─SAMURAI The FINAL─』~去る北翔海莉、立つ紅ゆずる、目覚める礼真琴~

 北翔海莉は、稀有なトップスターだったと思う。1998年に84期生として入団、1999年に月組へ配属された直後の『ノバ・ボサ・ノバ』では出世役として知られるドアボーイ役をつとめるなど早くから頭角を現し、新人公演・バウホール公演での主演を経て2006年に宙組に組替え。大和悠河大空祐飛というトップスターの下でバウ主演作『THE SECOND LIFE』での弾き語りや『雨に唄えば』のリナ・ラモント役、ディナーショーでのサックス演奏など多岐に渡るスキルを披露してみせた。当時から圧倒的な歌唱力と表現力でもってスターとして活躍していたが、2012年に大きな転機を迎える。専科への異動だ。マルチなスキルを持ち合わせるベテランのスターは、各組から常に需要がある。そのことを証明するように、専科時代の北翔海莉は『JIN』や『ナポレオン』、『エリザベート』など高い技量を求められる作品へ立て続けに出演している。それに平行して、『THE MERRY WIDOW』と『風の次郎吉』では専科生として主演を務めるなど、まさに八面六臂の大活躍だった。しかし。しかしその一方で、ファンの心にはひとつの思いがあったのではないだろうか。「トップスターにはなれないのだろう」という思いが。専科への異動、そしてその後の主演や立て続けの出演は、宝塚のファン歴が長い人間からすればある種の餞別のように感じられた。きっと、そう遠くない未来に男役北翔海莉の最後の日が来るだろうと。しかしその予想はいい方向に裏切られる。柚希礼音の後を継いで、2015年5月、星組トップスターに就任したのだ。柚希の下で長く2番手を務めていた紅ゆずるがそのまま羽根を背負うのかと思われていたところに飛び込んできたこの発表は、専科生がトップスターになるということも相まって意外性のあるものだった。妃海風を相手役に迎えたトップスター北翔海莉のパフォーマンスは、やはり目を見張るものがあった。大劇場お披露目公演『ガイズ&ドールズ』のスカイ・マスターソンはまさしく「男役のカッコよさ」が凝縮されていて、特に「下水道でのクラップ・ゲーム」はこの作品のベストシーンだ。『LOVE&DREAM』ではディズニーと宝塚の名曲を夢々しく歌い、『こうもり』では高いスキルが求められるオペレッタをこなしてみせた。そして、そんなトップスター北翔海莉の退団公演が『桜華に舞え』である。

 北翔海莉のサヨナラ公演として、こんなにも素晴らしい作品はない。いや、サヨナラ公演でなくてもこの『桜華に舞え』は素晴らしい。『桜華に舞え』は作・演出齋藤吉正による宝塚歌劇団のオリジナル作品だ。幕末から明治初頭の日本を舞台に、北翔海莉は薩摩藩中村半次郎(桐野利秋)を、紅ゆずるがその友である衣波隼太郎を、妃海風会津藩出身の大谷吹優を演じている。

 中村半次郎と衣波隼太郎はともに薩摩で生まれ、いつか京で剣を振るうという夢のため修行に明け暮れる。そんな折、縁あって西郷隆盛と会う機会を得た半次郎は攘夷を成し遂げるために京へ行くのだと直訴するが、西郷は「人と人とが争うことのない、平和な世の中をつくらなければならない」と半次郎を諫める。大きな理想を描く西郷の言葉に心酔した半次郎は、西郷のために命をかけようと決意する。

「おいはこん御方に、命ばかけよう」

           中村半次郎

 やがて半次郎の願いは聞き入れられ、島津久光の上洛に伴い隼太郎とともに京へ上ることが決まるが、そんな中、幼馴染みである半次郎と隼太郎の間にあることが起こる。上洛を前に半次郎と郷(下級武士)の娘との縁談がまとまる。しかしその相手は、隼太郎が幼いころから想いを寄せているヒサ(綺咲愛里)だったのだ。半次郎と隼太郎は二人の志が同じであることを確認し、決意を新たにする。

薩摩隼人は変わりもはん」

          衣波隼太郎

  幕末の動乱の中、半次郎と隼太郎は武勲を立て頭角を現していく。そして時は流れ、明治6年の帝都、東京。維新後、半次郎は桐野利秋と名を改め陸軍少佐としての任に当たっていた。ある日、利秋は欧州視察から帰国した隼太郎と再会する。立派に出世を遂げた二人だが、薩摩を愛する気持ちは変わらぬままであった。故郷のためにこれからも力を尽くそう。そんな思いを胸に、利秋は敬愛する西郷隆盛と同じ陸軍に、隼太郎は警視隊に身を置き、それぞれの道にまい進する。

 また利秋は、医学を学ぶ会津藩出身の娘大谷風優を訪ねるため、彼女が身を寄せる邸に度々足を運んでいた。幼い頃から剣術の稽古に明け暮れていた利秋にとって、風優のもとで様々な書物に触れる機会は何物にも代えがたいものだった。二人の出会いは、薩摩を中心とする新政府軍と旧幕府軍会津藩が対決した戊辰戦争に遡る。最前線で刀を振るっていた利秋は、一人の会津藩士の命を奪う。その男の娘が吹優であった。父の仇を取らんと危険をも顧みず利秋に切りかかる吹優。そんな彼女を利秋は身を挺して砲弾から庇い、命を救ったのだ。家族や故郷を失い、さらには記憶までなくしてしまった吹優を利秋は気にかけていたが、自分が父の仇であることは打ち明けられずにいた。何も知らずに自分を慕う吹優に、利秋はどこか後ろめたさを感じながらも、彼女と過ごす時間につかの間の安らぎを覚えるのだった。

『分からない 分からない 帰り道が分からない

 分からない 分からない 愛しさも憎しみも 』

             大谷吹優

 だがその一方で、維新から6年の時が経てもなお時代に取り残されたままの者たちも確かに存在した。戊辰戦争で当時の半次郎らに敗れ、故郷も何もかもを失った元会津藩士・八木永輝(礼真琴)もそのひとり。廃刀令を無視し刀を携えたままの彼の怒りは、しかしどこにも行き場がなかった。

「薩摩が、中村半次郎が憎い」

          八木永輝

 維新が生み出した「ひずみ」は、帝都・東京にあって徐々に人々から様々なものを奪いつつあった。街道を歩いていた太郎(小桜ほのか)の母が、山県有朋の乗った馬車に轢き殺されてしまう。太郎は母さんを返せと詰め寄るが、山県は小銭の入った巾着を地面に放り投げ、これで勘弁してくれとその場を去ってしまった。

 維新の「ひずみ」は、利秋の日々も一変させてしまう。新政府に向けられつつあった士族の不満を救済するための策として朝鮮への派兵を訴える西郷と、内政を安定させることこそ先決と考える内務卿・大久保利通が対立してしまったのだ。朝鮮訪問が白紙に戻されたことに納得がいかない利秋は大久保に切りかかるが、その前に隼太郎が立ちはだかる。かつて志を一にした友の刃が、利秋の腕に傷をつけた。二人の間にはいつしか大きな溝が生まれていた。しかし、日本を守るという目標は変わらない。だからこそ、維新の「ひずみ」は親友である利秋と隼太郎の袂までも分かってしまったのだ。

「おいは大久保さぁを守っちょっとじゃなか、

 衣波隼太郎は、こん日本ば守っちょっとじゃ!」

          衣波隼太郎 

  征韓論争に敗れた西郷は陸軍大将を辞し、鹿児島に下野する。利秋もまた、日本の未来を隼太郎に託し、西郷とともに帰郷する決意を固める。

 この辺りまでが、『桜華に舞え』の導入と言っていいだろう。この作品の魅力のひとつに、「話の分かりやすさ」がある。幕末から明治の動乱という、およそほとんどの人が知っている時代を舞台に西郷隆盛大久保利通など実在の人物を登場させることで、中村半次郎と言ったマニアックな人物やオリジナルキャラクターへの理解も容易くなっている。登場人物のほとんどが鹿児島なまりで話している中で、そこに観客の注意が傾きすぎないのもストーリー作りの上手さゆえだろう。しかし「わかりやすい」と言っても、この作品は決して単純な勧善懲悪の物語ではない。維新の立役者である主人公の中村半次郎は幕末の動乱に身を置き、その中で数多くの人間を切ってきた。ヒロインである大谷吹優の父親を殺したのは紛れもなく彼であり、会津藩の人間であった八木永輝や愛奈姫(真彩希帆)が明治の世で路頭に迷う原因の一端を担っているのもまた、彼に他ならない。『桜華に舞え』にあって、中村半次郎は決してヒーローとしては描かれていないのだ。いやむしろ、この物語に正義のヒーローは一人もいない。警視隊として出世を果たした衣波隼太郎も、下野の後鹿児島で蜂起した西郷隆盛とその一派と戦わなければならない。

「我々はこれより、九州熊本へ賊徒征伐へ向かう」

          衣波隼太郎

  薩軍と政府軍の全面対決が始まる前に家族や友人を安全な場所へ逃がすために隼太郎は久しぶりに故郷鹿児島を訪れるが、警視隊の制服に身を包んだ隼太郎は彼らにとってもはや敵以外の何者でもなかった。隼太郎の手を取る者はひとりもいなかったのだ。

『愛するわが故郷かごんまよ 愛する人たちの笑顔に見送られ

 志を果たさんと走り続けてきた だが時は無情に我が身に試練を与えた

 故郷が遠ざかる 故郷が消えていく

 あの人が遠ざかる あの人が消えていく 愛する我が故郷よ』

「時代が変わったとか それともおいが変わってしもたとか」

                  衣波隼太郎

  維新が生み出した時代のひずみとしか言いようのない荒波に、利秋と隼太郎はただ呑み込まれていく。そのやるせなさ、どうしようもなさを見事に表現する北翔海莉と紅ゆずるのパフォーマンスは見事だ。政府軍がついに総攻撃を仕掛け、西郷が自決し、覚悟を決めた利秋と隼太郎が戦場で相まみえるクライマックスのシーンを涙なしに観ることは出来ないだろう。男役としての集大成をまざまざと見せつける北翔海莉と、それに応える紅ゆずるの素晴らしさ。

 集大成と言えば、同じくこの作品で宝塚を去った北翔の相手役妃海風もまた素晴らしい。彼女の魅力はその可愛らしさと透き通るようで耳に心地よい美声と演技力、そして何より「ヒロイン作り」だろう。この作品だけでなく、『ガイズ&ドールズ』や『こうもり』でもそうだったが、舞台上でヒロインになりきった彼女が相手役を見つめる時の視線、表情、いやそのすべての所作に「私はこの人を愛している」という感情が溢れているのだ。北翔海莉が演じる相手役を、全身全霊で愛する。そのことが観る者に伝わってくる。そういう、彼女にしか出来ないパフォーマンスを持っているトップ娘役だったと私は思う。この作品でも、天神祭りの場面で利秋の後をついて銀橋を渡る大谷吹優の立ち姿のすごさたるや…。吹優が利秋を見つめるあの視線の暖かさ。すべてを知った吹優が、戦場まで利秋を追いかけるという彼女の強い決意。そして最後の、西南戦争が終わり、利秋の遺品を持って彼の故郷を訪れた彼女から感じられる慈しみ。北翔海莉がその男役としてのすべてを見せたように、妃海風もまた娘役としてのすべてをこの作品で表現していたのである。

「私は桐野様に会わねばならないのです!」

           大谷吹優

 

 そしてタイトルでも触れたように、この作品で目覚めた男役がいる。それは無論礼真琴なのだが、彼の演技力、表現力は八木永輝というキャラクターに出会うことで飛躍的に上昇したように思う。『ガイズ&ドールズ』ではかつて霧矢大夢が演じたアデレイドで娘役に挑戦し素晴らしいパフォーマンスを見せ、『こうもり』ではアルフレードというコメディ要素の強いキャラクターを演じ着実に引き出しを増やしていた中で、この八木永輝という人物はその2役とは全く違う方向性のキャラクターである。端的に言えば、永輝は愛奈姫への愛と、半次郎への復讐のために生きている。かつて会津藩士だった永輝は戊辰戦争で半次郎率いる薩摩に敗れ、すべてを奪われた。故郷も家族も、愛奈姫も。帝都東京で再会した愛奈姫は娼婦として生きていたのである。愛奈姫への愛と半次郎への復讐のため、彼はすべての誇りを捨て陸軍に入隊する。軍服に身を包んだ永輝は九州への出発を前に、その金を持って愛奈姫のもとを訪れ別れを告げる。

「永輝、魂を捨ててまいりました」

            八木永輝

  すべては会津の仇を討つため、永輝もまた半次郎と同じく死地へと向かうのである。復讐、そして中村半次郎を殺すためだけに生きる八木永輝。このような役を演じる中で、礼真琴もまた北翔海莉や紅ゆずるらに引っ張られるようにして素晴らしいパフォーマンスを見せた。早くからの抜擢が続き、そして確かな実力を有していた礼真琴にはどうしても爽やかでしなやかなイメージがついて回っていたように思うが、この作品で彼はそれを払しょくしたのである。男らしく、力強く、そしてダークな魅力。男役らしさが増したと言ってもいい。八木永輝という役はまた、この物語にとっても重要な人物である。先述したように中村半次郎は正義のヒーローではないが、永輝がいなければ半次郎の負の側面、いわゆる「人切り」としての側面が強調されることはなかっただろう。クライマックスの隼太郎と剣を交える場面でも永輝の存在は大きい。永輝が半次郎に引導を渡さなければ、半次郎の印象はどうしても時代の犠牲者という側面が大きくなってしまう。八木永輝という存在がこの物語を重厚にしていると言ってもいい。礼真琴は永輝を演じることで大きく成長したように思う。

 目立たないながらも重要な役を演じ、この作品を支えた七海ひろきの力もまた大きい。彼が演じた川路利良は利秋や隼太郎と同じく薩摩の出身であり、維新後は隼太郎とともに欧州を視察した。西郷が政府を去ったあとも川路は帝都に残り、あまつさえ鹿児島に密偵を送る。西郷が去り、利秋もそれを追って下野したことに動揺する隼太郎に、川路はこう言い放つ。

「忘れるな、士分から郷の出と罵倒されたあの日々を」

                 川路利良

 「郷」とは薩摩の武士階級の中で最も下の位にあたる「郷士」を指すもので、川路と隼太郎はまさしく「郷の出」だ。田舎者と馬鹿にされてきた日々を川路は決して忘れていない。だからこそ冷徹に、冷酷に故郷の鹿児島と戦う道を進んでいくのだ。川路利良という人物を一言で表現するこのセリフはかなり難しいものだと思うが、七海ひろきは的確にこの場面を演じていた。熱い男が多いこの作品にあって、冷静な川路を演じる彼のパフォーマンスは全体を引き締めているように思う。

 最後に、言及しなければならない出演者がいる。小桜ほのかだ。彼女は娘役ながらこの作品では太郎という少年の役を演じている。先述した、山県有朋の馬車に母を殺されたあの少年だ。彼女を知っている人なら分かると思うけれど、小桜ほのかという娘役はとても振り幅の広い役者である。まさしく宝塚という娘役から、太郎のような役までを高いレベルでこなす。俗に言う「憑依型」の役者の一人だろう。今作の太郎を演じる中でも、彼女の高い技量が垣間見える。新人公演ではヒロインの吹優を演じているため負担は相当なものだったと予想されるが、それでも彼女が舞台で見せたパフォーマンスには胸を打たれる。

 『桜華に舞え』。北翔海莉の最後を飾る、素晴らしい作品である。