感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:星組公演『眩耀の谷~舞い降りた新星~/Ray─星の光線─』~礼真琴・舞空瞳はどこまで行くのか~

 礼真琴。2009年に95期生として宝塚に入団、星組に配属されたのち若くから抜擢が続いた彼がいずれトップスターになるであろうことは、ファンの間では周知の事実だったと言っていいだろう。彼の実力、特に歌唱力とダンス力は際立っていた。2011年星組公演『ノバ・ボサ・ノバ』で見せたビーナスでのダンス、同じく2011年のタカラヅカスペシャルにはコーラスとして参加し、ある場面では花組の桜一花とデュエットを歌い上げるなど、逸材ぞろいの95期生にあって礼真琴の躍進は群を抜いていた。勢いそのままに2013年の『ロミオとジュリエット』では新人公演初主演、2014年には『かもめ』でバウホール公演初主演を果たす。彼の主演、そして『風と共に去りぬ』のスカーレットや『ガイズ&ドールズ』のアデレイドなど女役での大役経験は枚挙に遑がない。果たしてこの男役はどこまで行ってしまうのかと、そう思わせるほどの成長ぶりを私たちに見せつける、そんな礼真琴がついにトップスターの羽根を背負う。

 紅ゆずるから羽根を引き継いだ彼の相手役を務めるのは、2016年に初舞台を踏んだ102期生の舞空瞳である。彼女もまた、入団直後から頭角を現した娘役の一人だ。花組配属後の一作目である『金色の砂漠』では早くもセリフがあり、2017年の『ハンナのお花屋さん』ではタイトルロールであるハンナ役に抜擢されている。この公演でのパフォーマンスは素晴らしく、「すごい娘役が現れた」と思ったファンは少なくないだろう。新人公演や全国ツアー公演でヒロインを務めたのち、2019年に星組へ組替え、トップ娘役へ就任することとなった。

 礼真琴・舞空瞳という若きトップコンビのお披露目公演となるのが、謝珠栄による作・演出の『眩耀の谷~舞い降りた新星~』と中村一徳作・演出の『Ray─星の光線─』である。まず『眩耀の谷』のあらすじは以下の通り。

 千年の昔、諸国を追われた流浪の民「汶族」は、美しく豊かな地、亜里に汶という小国を築く。紀元前800年ごろ、周王朝の宣王(華形ひかる)は、当時の汶族の王、麻蘭と交戦し、汶を攻略。亜里は周の統治下に置かれるが、汶族の神「瑠璃瑠」の聖地である秘境「眩耀の谷」には、密かに抵抗を続ける者たちが身を潜めていた。
 春。亜里に、周の都「鎬京」から遣わされた一人の若者が足を踏み入れる。名を丹礼真(礼真琴)というその大夫は、一瞬にして亜里の美しさに心を奪われ、この地に暮らす人々の力になりたいと意気込むのだった。亜里の砦で指揮を執るのは管武将軍(愛月ひかる)、汶族との戦いで武功を立て、その名を轟かせた勇将である。丹礼真に下された命は、宣王に対して未だ敵意を燃やす者たちが潜む「眩耀の谷」を見つけ出し、彼らを服従させること。谷に潜む者たちに和解を促し、正義に導くことが我らの務めだと語る管武将軍に心酔した丹礼真は、身命を賭して任務を全うすると誓うのだった。
 しかし、眩耀の谷は一向に見つからなかった。ある日の夕暮れ時、丹礼真は不思議な幻に導かれ、森の奥深くで謎の男(瀬央ゆりあ)と出会う。男は、丹礼真が口ずさんでいた子守唄を教えて欲しいと言い出す。そうすれば、眩耀の谷に案内する、と──。訝しく思いながらも、男についていく丹礼真。すると、眩い光に囲まれた、まるで天国のような光景が、彼の目の前に広がる。あまりの神々しさに驚嘆し、心を震わせるが…、丹礼真は何者かによって不意に襲われ、捕らわれてしまう。やがて意識を取り戻した彼を取り囲んでいたのは、麻蘭亡き後、瑠璃瑠の神の聖地の秘伝の薬方を守るため谷に移り住んだ汶族の一派だった。彼らによると、宣王は豊かな亜里の土地、汶族に伝わる優れた漢方、眩耀の谷の黄金…その全てを奪おうとしているという。管武将軍と汶族、どちらの語ることが真なのか…。谷に捕らわれたまま一人思案する丹礼真。すると、一派の中にいた盲目の女性、瞳花(舞空瞳)が現れ、縄を解く代わりに周にいる我が子に会う手助けをして欲しいと懇願する。麻蘭の妹である彼女は、身を守るため村の民家に預けられ、舞姫となるが、村の祭りで管武将軍の目に留まり、妾として子供を産まされたのだった。これまで信じてきたもの全てが丹礼真の中で音を立てて崩れていく…。
 真実は、そして進むべき道は、一体どこにあるのか?戸惑いながらも、丹礼真は瞳花を連れ、眩耀の谷を抜け出すが──。

  北翔海莉時代に男役として花開き紅ゆずるの下で研鑽を積んだ礼真琴は、この『眩耀の谷』でものびのびと、今作がトップお披露目公演とは思わせないような堂々した舞台さばきを見せていた。物語の序盤、礼真琴演じる丹礼真はその身を使命に燃やす若き青年で、言葉を返せば管武将軍に対して盲目的な信頼を寄せる青い人物として描かれている。しかし実際に眩耀の谷を訪れ、虐げられている汶族の話を聞くことでその使命が揺らいでいく。宣王はただ豊かな土地と汶族の薬、そして黄金を彼らから奪おうとする悪王であり、管武将軍もまた瞳花を妾にするばかりか産ませた子供と彼女を離れ離れにしてしまう人間だったのだ。

f:id:Maholo2611:20200302201127j:plain

丹礼真(礼真琴)

 そして、決定的なことが起こる。瞳花の息子、つまり管武将軍との子供が、管武将軍の手によって殺されてしまうのだ。眩耀の谷を見つけることが出来ない焦りと苛立ち、出世の道が閉ざされる危機感から管武は谷に住んでいるのではない汶族までをも捕らえ厳しい拷問にかけ始める。正義とは、真実とは何か。自分は誰のことを信じればいいのか。やがて丹礼真は眩耀の谷、そして自分自身に隠された秘密を知り、進む道を決める。丹礼真という青年が経験する心の揺らぎ、流れを礼真琴は的確に演じていた。歌、ダンスだけではない魅力を十二分に発揮する礼真琴には、頼もしさすら感じてしまう。

 盲目の瞳花を演じる舞空瞳もまた、トップ娘役という重責に対するプレッシャーをまったく感じさせない表現力を見せていたように思う。そもそも、舞空瞳という娘役の魅力は初々しい可愛さや華のあるダンスだけではない。何と言えばいいのか、彼女には「底知れなさ」があるのだ。『ハンナのお花屋さん』での演技力、『Sante』や『BEAUTIFULL GARDEN』などのショーでのダンス力、そして何より『モーツァルト』のコンスタンツェでのパフォーマンスには、彼女の若さからは考えられないほどのすばらしさがあった。歌、ダンス、芝居とそれぞれに「彼女にはまだ見せていない一面があるのではないか」と思われるほどのすごさ、そしてどこか謎めいた印象を観る者に与える力がある。遥かな伸びしろを感じさせる演技だったのではないだろうか。

f:id:Maholo2611:20200302231740j:plain

瞳花(舞空瞳)

  専科から組替えし、今作から星組生として出演している愛月ひかるも貫禄のある表現力を見せていた。紅ゆずる、七海ひろきと言った組を支えるベテランの男役の退団が続く中で、彼の存在は星組にとって大きいものになるだろう。そして、『眩耀の谷』という作品になくてはならないのが瀬央ゆりあではないだろうか。礼真琴と同期の95期生の中で、ここ数年男役として著しい成長を見せている彼のもっとも強い部分は演技力だと個人的には思っているのだが、今回も素晴らしいパフォーマンスを発揮していた。『かもめ』を初めて見たときに「あの人がうまいなぁ」と感じたのが瀬央ゆりあだったことを思い出す。トップコンビが変わり、今後の星組がどういう芝居を届けるのかということを示すような作品だった。

f:id:Maholo2611:20200302232735j:plain

管武将軍(愛月ひかる)

   

 ショーはまさしく「ショーの星組」をまざまざと見せつけるような、非常にエネルギッシュな作品になっていた。なんというか、非常に中村一徳先生らしい演出が多かったように思う。適材適所を徹底しつつも、出来るだけ多くの組子が見せ場を持てるように配慮されていた。礼真琴、そして舞空瞳というダンサーコンビがずっとセンターや銀橋にいるわけではなく、場面の転換も多く設定され、ナンバーやダンスシーンを散りばめたボリュームのあるショーという印象。

 プロローグに続く場面ではタンゴの衣装に身を包んだ礼真琴と舞空瞳のデュエットダンスを楽しむことが出来るのだが、このシーンを見て「このコンビはショー・スターだな」と確信した。礼の洗練されたダンスと舞空の若くダイナミックなダンスは驚くほどに相性が良く、互いが互いを信頼しのびのびと踊っていることが伝わってくるパフォーマンスだった。衣装もセットも「タンゴ」と聞いてイメージするものとは一風変わっていて、面白い。

f:id:Maholo2611:20200302234324j:plain

第7場、タンゴシーンでの礼

 中詰めでの客席降りやロケットを経て、フィナーレでは各出演者がジャズテイストのナンバーをそれぞれに銀橋を渡り歌い継ぐという華やかなシーンが続く。まずは天華えま・極美慎の若手コンビ、それから綺城ひか理や瀬央ゆりあ、愛月ひかる、華形ひかるなどなど。中村先生が演出した雪組公演『ファントム』のフィナーレのような雰囲気と言えば伝わるだろうか。男役の群舞も、もはや貫禄すら感じさせる礼真琴のセンターっぷりを楽しめる。そしてやはり、礼真琴・舞空瞳のデュエットダンス。大劇場本公演では初めてとなるデュエットダンスだが、先ほども述べたように彼らの相性は素晴らしい。この二人で『ノバ・ボサ・ノバ』を再演してくれないかなと思ってしまう。

f:id:Maholo2611:20200302235431j:plain

舞空瞳

 個人的には大好きなショーだった。新トップコンビを迎えた星組だが、礼真琴・舞空瞳だけでなく、男役では愛月ひかるに円熟味を増す天寿光希に瀬央ゆりあ、着実に成長している天華えまに極美慎、娘役では紫りらや音咲いつき、華雪りら、有沙瞳に小桜ほのかと言った実力派に加え桜庭舞や水乃ゆりといった若手も控えているなど、これからが楽しみで仕方がない。礼真琴・舞空瞳はどこまで行くのだろうと期待してしまう公演だった。

 そして最後に、華形ひかるという屈指の男役がこの公演を持って宝塚を卒業することに触れなければならないと思う。花組、そして専科での活躍はもはや言うまでもないだろう。「宝塚の男役」という存在をまさしく体現する、稀有な表現者が華形ひかるという男役だった。そして何より、『風と共に去りぬ』のアシュレをあそこまで的確に演じ切ることの出来る役者が宝塚を去ってしまうことが、寂しくて仕方がない。ありがとう、世界の彼氏。本当にお疲れ様でした。

f:id:Maholo2611:20200303000553j:plain

華形ひかる