感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:宙組公演『NEVER SAY GOODBY』

 サヨナラは決して終わりではない──。『NEVER SAY GOODBY』は永遠の異邦人として生きてきたカメラマン、ジョルジュ・マルロー(真風涼帆)が生きていく意味を、そして死に場所を見つける物語だ。ポーランドに生まれ、パリへ渡り、やがてアメリカへ行きついたジョルジュ。写真家として有名になった彼はある日、劇作家のキャサリン・マクレガー(潤花)と出会う。ときは1963年。ナチス政権下で開かれるベルリン・オリンピックへの抗議として、バルセロナでは人民オリンピックが開催されることになる。ジョルジュは、取材に訪れたバルセロナでキャサリンと再会を果たす。二人が恋に落ちる一方で、人民オリンピックが開催されることはなかった。共和国政府に対するクーデターが勃発したのだ。争いはスポーツではなく、ファシズムソ連との対立へと移り、一般民衆をも巻き込むスペイン内戦の火ぶたが切って落とされる。世界中から集まったオリンピアンたちは義勇軍に加わり、それぞれの戦いが激化していく。根無し草のジョルジュはキャサリンとの愛を育みながら、ついに見つける。自分が生まれた意味を。

   

 2022年3月現在の国際情勢と、『NEVER SAY GOODBY』の世界とにある種のデジャヴを見ることは、不思議なことではないだろう。連日メディアを通して伝えられる外つ国の惨状、劇中に登場するファシズムソ連、民衆の抵抗。フィクション作品と現実が奇妙に対応すると、作品の受け止め方、受け止められ方も変わってくる。初演の2006年では当時のトップコンビ和央ようか花總まりの退団公演として、ジョルジュというキャラクターの生き様とトップスターの退団とが重なっていたのではないかと想像されるが、しかし今回の再演においてジョルジュの最期は「今まさにある悲劇」として舞台上にありありと描かれていたように思う。民族としての文脈が閉じたことのない人間にとって、ジョルジュのようなデラシネ──故郷から切り離された人間を演じることはかなりタフなはずだが、やはり真風涼帆の演技力には素晴らしいものがある。『アナスタシア』のディミトリ役で培った経験を活かし、円熟期を迎えているような印象だ。特に、医師だった父親を手伝う中で得た知識を活用し、内戦で負傷した市民を助ける場面でのセリフは非常に優れていた。短い一言ではあるが、ジョルジュのこれまでの人生、そして行く末すら暗示する発話の妙。これから観劇される方には、ぜひそこに注目して欲しい。リベラルな女性劇作家キャサリンは、前作『シャーロック・ホームズ』のアイリーン・アドラー役に続いてチャレンジングな役どころだっただろうが、潤花の成長ぶりには目を見張るものがある。ひとつの役柄を演じるごとに、そして一公演一公演ごとに羽ばたきは強さを増している。のちにジョルジュのカマラーダ──同志となるヴィセント・ロメロを演じた芹香斗亜の端正な舞台姿には、安心感すらある。人民オリンピックに参加した外国人選手たちを演じた紫藤りゅう、瑠風輝、優希しおん、鷹翔千空、風色日向、亜音有星もしっかりと脇を固める力があり、バルセロナ市長役の若翔りつ、女性闘士ラ・パッショナリアを演じた留依蒔世が見せた歌唱力は圧巻。「コーラスの宙組ここにあり」と言わんばかりのパワフルなパフォーマンスだった。非常に見ごたえのある素晴らしいミュージカルであると同時に、宙組の底力を遺憾なく発揮する作品だった。これ以上公演が欠けることなく、最後まで無事に上演されることを祈っている。