感情の揺れ方

それでも笑っていたい

ラーメンズ第15回公演『ALICE』

 モーフィング。モーフィングとは、時系列的に連続するふたつの画像、つまり変化前の画像Aと変化後の画像Bがあったとして、その間に存在する変化中の状態をコンピューターグラフィックスで自動的に生成してしまう技術のことを指す。例えば真顔の画像と笑顔の画像があったとして、そこにモーフィングを用いれば真顔から笑顔へと表情が変化する様子を作り出すことが出来る。この技術は映画『ターミネーター2』やマイケル・ジャクソンの「Black or White」のPVで使用され一躍有名となった。

 ある物事が変化していく様子を作り出すこと。それをモーフィングと呼ぶとするなら、ラーメンズ第15回公演『ALICE』における一本目のコントが「モーフィング」と銘打たれていることにも納得がいく。このコントでは「釈然としない話」が続いた後、小林と片桐が様々な言葉を徐々に変容させていき、いくつかのショートコントが連続していく。例えば「厚生年金会館前」というワードが「好青年機械化前」に変化して、小林賢太郎が機械化された好青年を演じたりする。続く二本目「後藤を待ちながら」では、アルバイト(後藤)の誕生日を祝うためにサプライズを計画する”良い”上司が徐々に悪態をついていく様子が描かれる。三本目の「風と桶に関する幾つかの考察」はモーフィングの最たるものと言っていいかもしれない。「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざの、「風が吹く」という事象と「桶屋が儲かる」という事象の間に何が起こっているのか。その部分をコンピュータグラフィックスではなく、ラーメンズのふたりが生成していく。

   

 しかしこの「風と桶に関する幾つかの考察」には、もうひとつ注目すべき点がある。それはオチの部分で「桶屋が儲かる」というワードにある変化が加えられている点だ。原則に立ち返れば、モーフィングの始まりと終わりとは固定されているはずで、そこに変化は発生しないはずだった。モーフィングはあくまでも始まりと終わりの間にあるはずの変化、間隙を埋めていく作業だからである。だが、その終わりの部分すらこのコントでは変化してしまった。変容。あるいは変身。そう、『ALICE』という公演における「変化・変身」は、モーフィングの枠を飛び越えていく。「バニー部」、「甲殻類のワルツ」、「イモムシ」。特に「イモムシ」は「モーフィング」という単語の生まれ方に関するふたつの説、すなわち「”変化・変身”を意味する metamorphosis の中間部分から命名された」という説と「move(移動)とmorphology(形態)の合成である」という説に鑑みると、この公演において重要な役割を担っているような印象を受ける。

 そして最後のコントである「不思議の国のニポン」もまた、変化・変身というテーマを念頭に置いて作られている。それも先述した「バニー」「甲殻類」「イモムシ」といったコントにおける「形態・動き」にフォーカスしたものではない、「言葉の変化」を扱っているのが「不思議の国のニポン」だ。不思議の国のニポン。不思議の国。不思議の国の…アリス。不思議の国の、という枕詞によって導かれるのは、やはりルイス・キャロルによる『不思議の国のアリス』だろう。ストーリーはもちろん、この作品は作者によるナンセンスな言葉遊びや「かばん語」と呼ばれる、複数の語の一部を組み合わせて作られた合成語によっても有名である。例えばアリスが"tail"と"tale"を聞き間違えた場面であったり、「ジャバウォックの詩」に登場する「Frumious(fuming+furious)」、「Uffish(gruffish+roughish+huffish)」といった、それぞれ「燻り狂う」「暴なる」を意味する単語などがそれにあたるのだが、『不思議の国のアリス』がもつこの特徴はまさしく『ALICE』のそれと一致するのではないだろうか。そもそも考えてみると、「バニー」も「甲殻類」も「イモムシ」も『アリス』において言及される生物たちだ。ナンセンスな言葉遊び、合成語、バニーにイモムシ。しかしそれでも釈然としない部分はある。それはやはり「モーフィング」によってラーメンズが生み出す、固定された「始まりと終わり」の間を埋める部分である。「風と桶」におけるそれも、「バニー部」におけるそれも、やはり釈然としない。しかし冒頭のまさに「モーフィング」において、ある重要なキーワードが提示されている。そしてそれはこの『ALICE』全体を貫いている。

「釈然としたいか?」

 

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