感情の揺れ方

それでも笑っていたい

花組二番手不在問題について

 花組トップスター・柚香光の本公演三作目となる『元禄バロックロック/The Fascination!』が11月6日に開幕した。花組月組の誕生100周年を祝うこの作品が柚香光・星風まどかという新トップコンビのお披露目作品でもあることは非常に喜ばしいことだが、初日の舞台を現地で観劇した人、そして初日の映像を見た人の中には驚きと戸惑いを感じた人がいただろう──かく言う私もその一人である。

 単刀直入に言ってしまえば、その驚きと戸惑いの理由はひとつしかない。水美舞斗が二番手羽根を背負っていなかったのだ。スターとして長く組を支えた瀬戸かずやが前回の大劇場公演『アウグストゥス/Cool Beast!!』を持って退団し、柚香の下で二番手羽根を背負うことになるのは同じく95期生の、今や組の中心として活躍する水美だとばかり思っていたが……フィナーレのパレードで二番手の羽根を背負って大階段を降りてきたのは、彼ではなかった。いやむしろ、その羽根を背負っている者はいなかった。水美の背中に揺れていたのはいわゆる三番手羽根と呼ばれる大きさの羽根であり──それは97期男役の筆頭として活躍し、2019年に雪組から組替えしてきた永久輝せあが背負っているものと同じ大きさだったのである。

 「水美舞斗が花組二番手ではない」という事実は、すなわち宝塚歌劇団が彼を二番手とは認めていないということなのだろう。なぜなのか。同じ95期生の花組生え抜き男役として活躍してきた柚香の影に隠れてはいたが、水美が見せる近年の活躍には目覚ましいものがある。2018年のバウ初主演はもちろん、東上初主演となった今年の『銀ちゃんの恋』では主演として、またカンパニーの中心として素晴らしいパフォーマンスを見せていた。その活躍は舞台に留まらず、スカイステージや機関誌などのメディア、カレンダーなどのグッズでは彼が二番手の位置に立っていたのだから、ファンとしては次の二番手は水美舞斗だと推測するのは当たり前であり、その部分に矛盾を感じて「裏切られた感」を抱いてしまうのも仕方ないことだろう。

 そもそも「二番手羽根」とは一体なんなのか。それは文字通り組内の二番手スターがパレードの場面で階段を降りる際に背負っている、トップスターのものよりも一回り小さい大羽根のことを指す。そしてここからは個人的な考えになるが──二番手羽根とはトップスター・トップ娘役に次ぐ「組の顔の証」であると同時に「将来のトップスターの印」である。正式に…厳密に言えば、近年の本公演で二番手羽根を背負いながらトップスターにならなかった男役は少ない。2003年に入団した美弥るりかは紆余曲折を経て2016年から月組の二番手に就任しトップスターの珠城りょうを支えたものの、二番手のまま2019年に退団。当時は「彩吹真央以来異例の二番手退団」と話題になった。しかし美弥の退団以降、その状況に変化が起こる。コロナ禍の影響もあったのかもしれないが、その二番手退団が続いているのだ。先述した瀬戸かずやは退団公演で初めての二番手羽根だったため例外の部分もあるが、今年の末には星組の二番手スターを務める愛月ひかるが退団する。愛月のタカラヅカ人生もまた波乱含みであり、さまざまなタイミングの波に揉まれた組子のひとり。瀬戸にしろ愛月にしろ、劇団としてはご祝儀的な意味合いで二番手羽根を背負わせたとも考えられる。しかしそうなると、一体全体劇団は「二番手羽根」をどうしたいのかという問題が浮き上がってくる。トップスターやトップ娘役とは違い「二番手就任」が劇団から発表されることがない以上、ファンの立場から出来ることは何もないのだが、だからこそ二番手羽根の扱いには一貫性を持たせて欲しいというのが個人的な思いである。

   

 話題を現在の花組に戻し、水美舞斗がこのタイミングで二番手ではないことの理由をどうにか推測していきたい。まず思いつくのは、どこかのタイミングで水美が組替えをするというもの。花組でトップスターになることはない=別の組でトップスターになる可能性があると考えられるが、問題は「どこの組に行くのか」である。月城かなと率いる月組には鳳月杏、暁千星、風間柚乃雪組には朝美絢、和希そら(12月に組替え)、綾凰華、縣千。星組には瀬央ゆりあ、天華えま、極美慎。宙組には芹香斗亜、桜木みなと、紫藤りゅう、瑠風輝。愛月の退団する星組は二番手が空き、真風涼帆の去就によっては宙組も二番手が空くものの、正直なところ「ある理由」から組替えは考えにくいのではないだろうか。「ある理由」については後述する。

 二つ目に思い当たるのは、水美の退団が近いのではないかという、ある意味での邪推である。そうなると次回本公演でのサヨナラ二番手羽根か、そうでなければ次回は一本物で番手を誤魔化しつつ、次々回の二本立てでサヨナラか。ただこういう類の邪推はあまり褒められたものではないので、喫茶店の隅で周りを気にしながら話すくらいにしておいた方がいいかもしれない。

 次は、次回の公演からは永久輝せあが二番手の羽根を背負い、柚香の長期政権の下で水美は瀬戸かずやのように組を支える立場を担うというもの。劇団全体の流れを見るとこれが最も現実的ではないかと思う。スポンサーの関係で永久輝がいつかはスターになることはほとんど確定事項であり、その結果水美はいわゆる路線から外れることになるが、タカラヅカとはそういう世界でもある。

 最後は、これが最も大胆な推測になるが、芹香斗亜が宙組から花組に戻り、トップスターに就任するという説。トップスター芹香、二番手水美。しかしこれは柚香光の早期退団が前提になっており、かつ宙組トップスターの後任が不在となるため可能性は限りなく低い。真風涼帆があと数年トップスターを務めればなくはないが、なんとなく彼の退団は近いような気がしている。あくまで、個人的に。

 以上が、「花組に二番手がいない理由」として私が思い当たることのすべてである。全体のまとめとして、上述した「水美舞斗の組替えは考えにくい理由」について話そう。宝塚歌劇団には暗黙のルールがいくつか存在する。すみれコードと呼ばれるものもそうだが、ここで私が触れたいのは「トップスターと二番手に同期の生徒が就任することはない」というものである。これは決して明確なルールではないし、あくまでファンの間で広まっているに過ぎないのだが、もし劇団側がこの規則を厳格に運用しているのなら、95期生の花組トップスター・柚香光の二番手に同じく95期生の水美が就くことはない。同期の両雄並び立たず。水美の組替えが考えにくいのは、退団者の関係で二番手の席が空くこととなる星組宙組にはすでに95期のトップスターあるいはスターがいるからだ。星組には礼真琴と瀬央ゆりあ、宙組には桜木みなと。「トップスターと二番手は同期になってはならない」のなら、瀬央ゆりあを応援している人たちの心中もまた穏やかではないだろう。すくなくとも礼真琴がトップスターである限り瀬央ゆりあが星組で二番手羽根を背負うことはないのだから。もちろんルールには例外もある。近年で言えば、2011年から2012年の花組ではトップスターを蘭寿とむが、二番手を同期の壮一帆が務めた。そして壮は2013年に雪組へ組替えし、トップスターに就任している。星組宙組、そして花組に関しては人事の面で大きな動乱が起こる可能性を秘めている。95期生という人材の宝庫を私は評価しているし、それに見合う実力を有しているとも思うが、現状を見ていると劇団が95期生を押し上げてきたことのひずみがここにきて大きくなってしまったのではないかと思う。男役娘役関係なく、梯子を外すようなことはやめて欲しいというのがファンとしての心情である。