感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:花組公演『アウグストゥス─尊厳ある者─/Cool Beast!!』 (後半は批判的な文章になっています)

 

 花組トップスター・柚香光の2作目、そしてトップ娘役華優希のサヨナラ公演となる『アウグストゥス─尊厳ある人─/Cool Beast!!』が幕を開けた。

 『アウグストゥス』は田渕大輔氏によるオリジナル作品で、古代ローマ帝国初の皇帝となったオクタヴィウスを主人公に、彼の歩んだ道のりをカエサルやブルートゥス、アントニウスクレオパトラとの対立など史実にフィクションを織り交ぜて描く歴史ドラマ。

 主演の柚香光が演じるのは「尊厳人」と呼ばれ民衆の尊敬を集めたオクタヴィウス。若くして大叔父のカエサルにその才能を見出され、わずか19歳にして後継に指名されたオクタヴィアヌスの苦悩や溢れる人徳を表現することは難易度の高い要求だったと思われるが、入団後早くから大役をつとめ男役街道をまい進してきた柚香の持つ雰囲気や独特な魅力が相まって、ベストなパフォーマンスを披露していた。対して華優希が演じたのは、今は亡き父・ポンペイウスの仇を取らんとカエサルに切りかかるポンペイア。相手役である柚香と直接会話をしたり絡んだりする場面は少なかったが、言葉だけではない繋がりのようなものを上手く表現していた印象がある。『ポーの一族』でのメリーベルや、『A Fairy Tale』でのシャーロット役で培った経験が活きたか。華と同じく今作が退団公演となる瀬戸かずやも素晴らしかった。野心あふれるアントニウスは、カエサルの死後オクタヴィウスとの対立を深め、エジプトと結託しローマと対立する。その中でエジプト女王クレオパトラと通じ合い結ばれるが、クレオパトラ役の凪七瑠海と見せた芝居の密度の高さは、二人がここまで積み上げてきたものをありありと見せつけるものだった。長年に渡って花組を支えた男役・瀬戸かずやの最後に相応しい舞台さばき。冴月瑠那も今作が退団公演で、クレオパトラに使えるシャーミアンを演じきっていたものの、ファンとしては「ダンスの花組」を担った花男の最後が娘役ということには一抹の寂しさを感じてしまった。オクタヴィウスの右腕アグリッパを演じた水美舞斗、カエサルを暗殺するブルートゥス役の永久輝せあも安定感のあるパフォーマンス。そして音くり寿はオクタヴィウスの妹であり、アントニウスの妻であるオクタヴィアを演じたが、要所要所で見せる演技や歌唱力は流石の一言。この数年、花組の娘役は激動の中にあり、今作でも美花梨乃・更紗那知・澄月菜音が退団するが、これからの花娘を支える存在として期待がかかる。

 『Cool Beast!!』は、柚香光が本公演で初めて演じるショー作品。藤井大介氏作・演出の、柚香が持つ野性的な魅力に焦点を当てている。専科の美穂圭子や、羽立光来に和海しょう、音くり寿といった面々が要所を締める歌唱を披露しつつ、柚香や水美といったダンサーたちが獣に扮して踊る、宝塚らしい、そして藤井氏らしいショーだった。飛龍つかさなどとともに若手男役の中心メンバーだった綺城ひか理が星組に異動したことで生まれた空席には、バウホール公演初主演を果たした聖乃あすかが座った印象。銀橋でのソロもあり、フィナーレのパレードでも中心から降りてきていた。花組生としては初めてのショーとなった永久輝の活躍も目立つ。歌にダンス、ロケットボーイにエトワールと、八面六臂の活躍とはこのことだろう。雪組時代に培った経験と「花組らしさ」を上手く融合させていたように思う。

 

   

 

 ここからは、率直な感想を書きたい。「悪いことを言うくらいなら書かない」という個人的な信念のもとで宝塚歌劇団に関する記事を書いていたけれど、今回の『アウグストゥス/Cool Beast!!』に関しては、そういった部分についても言及しなければならないように思う。いや、言及したい。言及するべきとかするべきではないとか、そういう普遍的な価値観ではなくて、これは私がただ単純に「言及したい」から書く批評になるため、「好きなものが悪く言われているだけで気分が良くない」とか、「結局すべては好き嫌いという個人の感想なのだから悪口を言うべきではない」とか、そういう考えを持っている方には、ここから先を読むことはおすすめしない。ご了承いただきたい。「ただのファンが劇団の運営方針に口出しをするな」「嫌なら見るな」という意見にも一理あることは、分かる。それでも、今作の柚香光と華優希のパフォーマンス、引いてはこの二人にそんな演出をつけたスタッフ、それを是とした劇団に、多少の不満の書く。

 『アウグストゥス』はともかくとして、『Cool Beast!!』での振付け、演出がまったく好みではなかった。柚香光・華優希というトップコンビに関して率直な意見を言うと、ふたりは相性の良いコンビではないと思う。芝居は別にして、ショー作品での相性に関しては「悪い」と個人的に感じている。柚香のストロングポイントは何と言ってもダンスだが、華は明らかにダンスが弱い。何かケガをしているとかそういう事情があるのなら申し訳ない意見になるが、「踊れない」。これは前々作の『シャルム』でも明らかだった。いやそもそも、彼女はダンスを武器にしてトップになった娘役ではない。これはここ数年の花組を見ていた人なら分かると思う。彼女の強みは芝居にある。そんな彼女に対してスタッフ陣が下した決断は「踊らせない」というものだった。もちろんこれは推測の域を出るものではないが、『Cool Beast!!』の演出を見るに、そう思わざるを得ない。彼女が出演する場面では、そうではない場面と比べて明らかに振り付けの方向性が変化していた。振りのバリエーション、手数の少なさ。「トップ娘役は踊らなければならない」と私が思っているわけではない。ダンスが得意ではないトップ娘役など、今までも大勢いた。しかし、それでもある程度はダンスの場面はこなさなければならない。『シャルム』ではまだ彼女がソロを歌いながら踊る場面もあった。けれど、今作では『シャルム』よりも明らかに減っている。減らされている。トップ娘役のサヨナラを、”華優希”の最後を、劇団がそういう風に扱っていいのか?ダンスが得意ではないことなど劇団は分かっていたはずなのに、最後にトップ娘役に対して何かを諦めたかのような演出をつけていいのか?華優希本人に対してではなく、演出や振付に対しての憤りがある。「華優希は踊らせない」という演出方針で、割を食うことになったのは他ならぬ柚香だろう。先述したように、彼の最も魅力的な部分はその独特なダンスにある。語弊を恐れず言えば、柚香は群舞のセンターが映えるダンサーではない。彼の踊りは特殊で、教科書的ではない。提示された振り付けをそのまま踊るのではなく、どうやったら自分が格好良く見えるか、どう踊れば自分の持つ魅力が引き立つかを考えて、すこしアレンジを加えているような印象がある。具体的に言えば、その長い手足が映えるように振りの始点と終点を意図的に周囲とずらすなど、そういうアレンジをするのだ。それ自体は好みの問題だし、自らの魅力と誠実に向きあわければならない分難易度も高くなり本人の負担も大きくなるから、良いとか悪いの問題ではない。しかし結果的に、その方向性の踊りを群舞のセンターで披露すると、「柚香光が周囲とずれているように見える」ことがあるのだ。今作のシーン22「エトプティム・ソムニウム」、フィナーレの男役群舞でもそう見える瞬間があった。周りが合わせなければならないと言われればそれまでなのだが、いかんせん柚香の異次元のスタイルの良さがそれを邪魔している。彼の踊りがもっとも美しく、カッコよく見えるのは完全にソロで踊るか、ダンスに秀でた娘役と組んでいるときだろう。『CASANOVA』のフィナーレのように。では『Cool Beast!!』ではどうだろう。シーン8「ナイトライフ」で水美率いるグループとのダンスバトルでは柚香の野性味が上手く引き出されていたように思う。しかしシーン5「テラ・インゴニスタ」やシーン23での華とのデュエットダンスでは、柚香の強みは出ていなかった。「華が踊れないから」だけではない。「デュエットダンスそのものの時間が明らかに短いから」だ。作品を通して、柚香と華が組んでいる時間は極端に短かった。そして、「柚香と華だけが舞台に立っている時間」は、もっと短かった。シーン5は作品冒頭であるから別にしても、フィナーレのデュエットダンスでも美穂と凪七が大階段で歌っていたため、「トップコンビ二人の時間」はほとんどなかった。これでは柚香が華を引っ張って踊ろうにも、物理的に踊ることが出来ない。的確には表現できないが、「柚香光・華優希というトップコンビの最後がこれでいいのか」という思いがぬぐえない。宝塚の代名詞であるショーで、なおかつ柚香・華による本公演唯一のショーで、トップコンビの時間をこんなにもあっさりとした形で終わらせていいのか。私は決して華優希という娘役がショースターだったとは思わないけれど、今作の演出を見ると、劇団が梯子を外してしまったように感じてならない。