感情の揺れ方

それでも笑っていたい

劇評『けむりの軍団』

 嘘が嘘を呼ぶ、嘘つきだらけの戦国に、侍がつらぬく矜持とは何か。『けむりの軍団』は39年目を迎える劇団新感線の新作公演で、主演は久々と言ってもいい古田新太。「嘘つきは、侍の始まり」というキャッチコピーが表すように、この作品では「嘘」が鍵を握る。古田新太演じる元軍配師で今は浪人の真中十兵衛、池田成志演じる浪人美山輝親はひょんなことから知り合って、あれよあれよとコンビを組むことに。このコンビが目良家から逃げ出した厚見家のお姫様、紗々姫と出会ってしまう。結果的に十兵衛と輝親は彼女を厚見家のお城まで送り届けることになるが、そこに目良家だけではなく夭願寺の僧兵までもが加わり…。

 このお話、ほとんど全員が嘘をつく。それはそれはもうみんなが嘘をつくのだ。バディを組むことになった2人はもちろん、逃走中の紗々姫に目良家の嵐蔵院、果ては夭願寺を束ねる残照まで。新感線らしいチャンバラ活劇の要素だけでなく、丁々発止のやり取りが生み出す頭脳戦が見どころになっている。

 この作品を観終わったとき、「本当は存在しないものに名前をつけると、敵をかく乱することが出来る」という、二次大戦で実際に使われたとか使われていないとか言われている戦術を思い出した。タイトルにもなっている「けむりの軍団」なんて集団は、実際のところ存在しない。タイトルすらも十兵衛たちの嘘なのである。

 輝親は徹頭徹尾、嘘つきだ。しかも、自分を守るために嘘をつく。賭場で寺銭を盗んだときも、目良家に捕らえられたときも。その状況でその嘘をつくの?という胆力は置いておいて、輝親はかなり人間くさいキャラクター。その一方で、十兵衛は誰かのために嘘をつく。成り行きとはいえ紗々姫を助けるため、敵の軍勢をその嘘で欺いてみせる。ここで手柄を立ててもう一度軍配師に、という思いもあるのだろう。悪く言えば見栄っ張りなのだ。このデコボコなバディを中心に物語は進んでいく。古田新太の演技はとても自然体で、ナチュラルな魅力に満ちている。どこにも力が入っているような感じがしない。そしてカッコイイ。共演経験も多い池田成志とのやり取りも素晴らしかった。シリアスになりがちな筋の中で、このコンビがしゃべっているところはずっとおもしろかった。清野菜名が演じる紗々姫は人質として目良家に嫁ぎながらも信念を曲げない真っ直ぐな人間で、けれど自分が厚見家の城に帰るために嘘をつく。言ってしまえば、軍配師になれるという嘘を餌にして、十兵衛を引き込んだのである。それなのに彼女の真っ直ぐさはまったく翳ることがなくて、そこに清野菜名の力量を感じた。あとお姫様なのにめちゃくちゃアクロバットをしていてしかもキレッキレで、ちょっと面白かった。そしてやはり目良家の家臣飛沢利左エ門を演じた早乙女太一の印象が強い。キレのある殺陣だけでなく、口下手な利左エ門をコミカルに仕立てる演技力も光っていた。こういう役どころも上手いのかという、新たな一面を見たような感覚。勝手な意見だけれども。

 実はこれが初めての新幹線だったのだが、めちゃくちゃ楽しむことが出来た。またチケットが取れれば見に行きたいと思う。