感情の揺れ方

それでも笑っていたい

エドガー・ライト監督『ベイビー・ドライバー』

”B-A-B-Y. Baby”

 ジェームズ・ボンドがそうするように、この自己紹介は劇中で何度も繰り返される。しかしこの作品の主題は、「ベイビー」と自称する成年が一人の人間として成長していくことにある。そしてその「成長」は、幼少期から自分を縛り付ける車のハンドルと父親─「父性」と言ってもいいかもしれない─からの解放として描かれる。今は亡き愛する母親と生き写しのデボラを愛するため、彼女と生きていくため、ベイビーは罪を受け入れる。物語の前半で強調されたスタイリッシュで爽快なカー・アクションは徐々に鳴りを潜めていくのだが、どんなカー・アクションよりも爽快感に溢れていたのはベイビーがハンドルから手を放し、自らの足で追手から逃走するシーンだ。罪に手を染めることはしても、無関係な一般人を傷つけることは出来る限りしないというアンビバレントなベイビーの姿にはともすれば欺瞞を感じるかもしれないが、「法廷での証言」という形で決着をつける演出が良い。「犯した罪を償う」ことこそが、過去からの解放なのかもしれない。