感情の揺れ方

それでも笑っていたい

アンディ・サーキス監督作『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』

 いわゆる「スパイダーマン・ユニバース」の第一弾として公開された『ヴェノム』からおよそ三年、その二作目となる『レット・ゼア・ビー・カーネイジ』が公開された。陰鬱で暗い雰囲気の予告編を裏切るような、主人公エディとシンビオートのコミカルな掛け合いによる砕けたバディ・ムービーだった前作の雰囲気はそのままに、「カーネイジ」という巨悪──「ヴィラン」と「ダークヒーロー」たるヴェノムとの関係を描いている。

 ヴェノムはダークヒーローであって、ヒーローではない。そのため、ただカーネイジを倒すだけではヴェノムのアイデンティティが失われてしまう。作品全体にその、「ヴェノムとカーネイジ」との対決を描きつつ、しかしヴェノムがヒーローになってはならないという部分に関しての葛藤や苦心が感じられた。カーネイジの宿主であるクレタス・キャサディは死刑執行を目前に控えたシリアルキラーというだけでなく、父親からは虐待され母親と祖母を殺害した過去のある人物。しかし純粋な悪(この定義も曖昧だが)というわけではなく、矯正施設で出会ったフランシス・バリソンを愛し、エディの生い立ちにもシンパシーを感じている。フランシスの音波攻撃はシンビオートとの相性が悪く、彼女を巡ってキャサディとカーネイジは分裂してしまう。キャサディがフランシスを愛していることは真実だと思われるが、しかしシリアルキラーとなる以前の過去、特に生い立ちの部分に関しては分からない。ただこの、「キャサディが本当のことを言っているかは分からない≒キャサディは純粋悪」という部分を強調してしまうと、ヴェノムがただのヒーローになるというジレンマに再びぶつかってしまう。今作のヴェノムはキャサディ以外の人間を捕食していないから、なおさらだ。

 大聖堂を舞台にしたカーネイジとの戦闘シーンは良かった。カーネイジとキリスト教的モチーフを組み合わせた画面構成には示唆的かつシンプルなカッコよさがあったし、直接対決がこの場面だけで終わったところも良かった。舞台を変えて二度三度……という演出もそれはそれで良いけれど、今作のようなアッサリした雰囲気も悪くない。なんだかんだ言ってみたものの、アクションムービーかつバディムービーとしては面白い作品なのではないだろうか。「ヒーロー」の描き方は難しいなぁと思うばかりだが、今作における一番のヒーローはエディの元婚約者であるアンの現婚約者、ダン。やれるやれないではなくて、すべきことをしようとする姿勢がコメディライクかつ説得力のあるカッコよさを放っている。