感情の揺れ方

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感想:月組公演『今夜、ロマンス劇場で/FULL SWING!』

 月組新トップコンビ月城かなと・海乃美月のお披露目公演が宝塚大劇場で開幕した。二本立ての一本目は『今夜、ロマンス劇場で』、演出は小柳奈穂子氏。2018年に公開された同名の映画作品を舞台化したものとなる。物語は1960年代の映画業界を舞台に、助監督として燻る牧野健司(月城かなと)を主人公に、彼が足繫く通っていた映画館・ロマンス劇場で果たした奇跡的な出会いから始まる。嵐の夜、健司がいつものように映写室で古いモノクロ映画を見ていると、突然停電が起こる。自分以外に誰もいないはずの暗闇で健司が出会ったのは、密かに憧れ続けていたモノクロ映画のヒロイン──美雪だった。白黒の世界から飛び出し、彩りに満ちた世界に心を躍らせる美雪(海乃美月)に振り回されながらも、健司は美雪と心を通わせていく。しかし美雪は映画の世界を抜け出すためにある大きな代償を払っていた……。

 月城かなとの持つ最大の魅力、強みはその凛とした雰囲気が生む「気品」にある。『THE LAST PARTY』や『桜嵐記』で演じた役どころはどちらも難しく、ともすれば「宝塚の男役」らしさを押し出すことは困難にも思えるものだが、月城かなとは素晴らしい演技・表現力を示してキャラクターに品をまとわせてみせた。その強みはこの『今夜、ロマンス劇場で』の牧野健司役でも遺憾なく発揮されている。映画会社「京映」で長年助監督を続けながらも要領が悪く、そろそろ首も涼しくなってきている健司はどう取り繕っても「カッコイイ」キャラクターではない。しかしそこは月城かなとと言ったところで、スター俳優の頭にタライを落とす健司にも、警察に事情聴取を受ける健司にも、運命に立ち向かう健司にも端正な雰囲気と一本筋の通った強い意志が感じられた。プレお披露目公演『川霧の橋』でのパフォーマンスもそうだったが、「和物の雪組」で培った人情物でのスキルが今作でも活かされているのだろう。正統派のトップスターがこれからどのように月組を導いていくのか、期待が大きい。そして映画の中から飛び出してきた奇跡のヒロイン、美雪を演じる海乃美月のパフォーマンスもさすがの一言。映画世界のキャラクターそのままにお転婆で、常識外れの行動で健司や映画撮影の現場を巻き込む大騒動を起こす美雪は、事情があるとはいえ嫌な部分の方が勝ってしまいそうだが、ファンタジックでかわいらしい部分を損なうことなくしっかりと舞台上で輝いていた。非常に繊細なバランス感覚を擁するこの役に対する的確な表現──所作や発話──は、多くのヒロインを演じてきた彼女ならではのものだろう。月城との相性は言うまでもない。一ファンとして、二人のさまざまな芝居を観てみたいという思いが強い。そして今作で最も重要と言っても過言ではない人物、ハンサム・ガイこと俊藤龍之介を演じた鳳月杏も素晴らしかった。このハンサム・ガイに関してはもう「見てください」としか言えないのだが、作中で最も「良い人」がこの人なのである。その設定その登場でそんなわけないじゃんと思うものの、いやものすごく「良い人」でものすごく「カッコイイ」のだ。ハンサム・ガイの看板に偽りなし。今作から月組に組替えしてきた彩みちるも健司に恋する社長令嬢、成瀬塔子の切なさを綺麗に演じていた。組替えという期待にしっかりと応えるパフォーマンス。暁千星、風間柚乃も印象的。しかしこの作品のロマンチックでファンタジックな部分を担うのはある意味でロマンス劇場の支配人、本田正であり、本田を演じた光月るうの熟練した舞台さばきは影のMVPと評して差し支えないだろう。

   

 個々の演者が発揮した力もさることながら、演出の小柳氏の手腕も光る。『ルパン三世』や『幕末太陽傳』など原作ものの舞台化に定評がある同氏の特筆すべきところは、どうしても必要になる設定や登場人物の変更に際する「脚色」の技術ではないだろうか。今作では暁千星が演じた大蛇丸は映画版には登場しないキャラクターであり、細かい部分で言えば本田のセリフには小さな、しかし大きな変更がある。映画版での美雪は映画の世界から飛び出してきた当初は服だけでなく肌もすべてモノクロだが、宝塚版でモノクロなのは衣装だけになっている。一見「モノクロのお姫様」という重大な要素が薄まってしまっているようにも感じるものの、これがラストシーンに繋がる大きな布石になっている。カラフルな現実とモノクロの映画。詳細な言及は避けるが、あのラストシーンは本当に素晴らしいものだった。

 ショー『FULL SWING!』の作・演出は三木章雄氏。ジャズをテーマにスタイリッシュで、かつソウルフルなショーに仕上がっている。印象的に残っているのはプロローグで月城や鳳月が着ている、コートのような衣装。なんと言えばいいのか、あまり見ないタイプのスタイリングではあるものの、それをカッコよく見せているのは流石。ダンスシーンが多く、海乃や暁の本領発揮といった場面が散りばめられている。今作はフィナーレでのエトワールを設けない演出だった。