感情の揺れ方

それでも笑っていたい

2007年月組公演『パリの空よりも高く』~愛すべきペテン師たちの物語~

 2回目となる万国博覧会の開催を前にした花の都、パリ。万博の目玉となる建築物「エッフェル塔」の建設には賛否両論が渦巻いていたが、その中心にはある人物が──ペテン師たちが、いた。

 菊田一夫の名作『花咲く港』を下敷きにした『パリの空よりも高く』は植田紳爾によるコメディ作品である。完成当時世界で最も高い建築物だったパリのエッフェル塔は今やパリという街そのものの、そして自由・平等・博愛の象徴となっている。だが『パリの空よりも高く』においてエッフェル塔が象徴するのは、人々の「夢」だ。

パリの空よりも高く パリの空よりも高く 夢を描け

 そして夢とは、人間の意思である。上述したように、物語の舞台は万博が2年後に迫ったパリ、そしてかつて隆盛を極めたが今や閑古鳥が鳴くホテル・ド・サン・ミッシェル。そこには2人の──いや、3人のペテン師たちが滞在していた。ペテン師の兄弟(本当のところは分からない)アルマンドとジョルジュは万博の盛り上がりに乗じて一儲けの機会を狙っている。そんな二人の耳に飛び込んできたのは、同じホテルに滞在しているギスターブ・エッフェルという建築士の掲げる、「世界一高い鉄の塔を建てる」という計画だった。これを好機と見たアルマンドとジョルジュは建設費用の名目で人々から資金を集め、それを持ち逃げしようとする。しかし話は2人の予想とは違う方向に進んでいく。「世界一高い塔を建てる」というエッフェルの夢に触発された人々の熱意によって、計画は現実味を帯び始めるのだった。夢、意思、過去。エッフェル塔という「今ここにないもの」に突き動かされて、人々は動いていく。『パリの空よりも高く』は人間の意思の物語であり、3人のペテン師たちの物語である。アルマンドとジョルジュ、そしてギスターブ。兄弟は結局最後までエッフェル塔建設に尽力し、最後まで「ペテン師」としての矜持を全うする。たとえ帰りの電車賃すら稼げないとしても、愛する人との別れを選ぶとしても。エッフェルは石畳の街に鉄の塔を建てるというある種のペテンを現実のものとする。3人の原動力は同じ、「今ここにないもの」なのだ。アルマンドとジョルジュは、前回のパリ万国博覧会を成功へと導いた亡き父(少なくともジョルジュの)ジュリアン・ジャッケの名声と、人々の抱くエッフェル塔の夢に。ギスターブは名セリフ「建つのではなく建てるのです」に象徴される自らの夢と意思とに。「今ここにないもの」というテーマは一貫していて、ジュリアン・ジャッケという人がパリを去ってからの人生や、初めは兄弟のことを疑っていた議員のレオニードが2人を心から信頼するきっかけとなった嵐の夜の出来事も、直接的に描かれることはない。しかしその後の「変化」をしっかりと描くことで、エッフェル塔ひいては夢・意思といった存在の持つ力を強調している。

   

 展開が速く、セリフの多い作品ながら軽やかで爽やかなコメディに仕上がっているのは演者の力と演出のなせるものだろう。冒頭は板付きのショーというあまり見ない幕開けだが、この場面があることで続く「ホテルのロビーでメイン人物なしの状況説明」をする場面との緩急が生まれ、登場人物の関係が分かると同時に作品へ引き込まれる。ロビーと兄弟の客室の舞台転換が上下移動によって行われるのは、「空」と「地上」を繋ぐエッフェル塔のメタファーだろう。そしてなんと言ってもアルマンド・ジョルジュ・ギスターブを演じる瀬奈じゅん大空祐飛霧矢大夢の3人が本当に上手い。瀬奈と大空の畳み掛けるような掛け合いは「兄弟」としてのバックボーンを想像させるには十分なものだし、気弱な部分と鉄の意思を持ち合わせる難しく重要な役どころの霧矢は流石のパフォーマンス。特に終盤、竣工式当日のホテルと、完成したエッフェル塔を遠くに眺めるサクレクールの場面は素晴らしい。

 瀬奈じゅんというトップスターはもちろん、大空祐飛霧矢大夢龍真咲・明日海りおという未来のトップスター4人が奇跡的に揃ったこの作品が「夢」「今ここにないもの」を主題としているのは、おそらく偶然ではないだろう。