感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:星組公演『柳生忍法帖/モアー・ダンディズム!』

 男役・礼真琴にまた新たな一ページが追加された。若手の頃から抜擢が続き、まさしく躍進してきた彼は若く爽やかな主人公、あるいは強い意志を持った悪役を演じることが多かったが、柳生十兵衛というキャラクターは今までと違った意味でチャレンジングな役どころなのではないかと思う。実在した人物である柳生十兵衛は、徳川将軍家の剣術指南役を務める柳生家の嫡男として生まれながらおよそ13年に渡る空白期間を持っているため、江戸時代から現在に至るまでさまざまな物語に登場してきた。時代を代表する剣豪としての強さ、名門出身という育ちの良さ、政治の中心から離れたアウトローぶり……。誰もが描くカッコイイヒーローではあるのだが、この役の難しさはそこだけではない。今作の十兵衛は自らが矢面に立ちばったばったと敵を切り倒していくような立場ではなく、復讐に燃える女性たちに剣術と軍学を叩き込む指南役を務めることになる。このような役どころに求められるのは「懐の深さ」であり、その意味で礼真琴は自分の新たな一面を引き出すことが必要だったのではないだろうか。しかしそこはこれまで数々の抜擢に実力で応えてきた礼真琴と言ったところで、生き生きとした、それでいて礼真琴にしか出来ない柳生十兵衛を舞台に立たせていた。ダンスに秀でた組子を引っ張る彼の見せる殺陣はそれだけで一見の価値がある。対して今作が退団公演となる愛月ひかるもまた、集大成にふさわしいパフォーマンスを見ていた。宙組時代、朝夏まなとや真風涼帆といった演技派トップスターの下で培った演技力、表現力を存分に発揮し、芦名銅伯という妖しく、どこか人間を超越した存在感を持つ悪役を的確に演じていた。『エリザベート』でのルイジ・ルキーニ、『神々の土地』でのラスプーチンなど宝塚らしくない役柄を務める中で培ってきた彼にしか出来ない表現がそこにあった。銅伯とは双子の兄弟である天海大僧正との一人二役は難しい挑戦だったと思われるが、この二人の人物は同じ役者が演じなければキャラクターや世界観、作品そのものの厚みは損なわれていただろう。トップ娘役である舞空瞳は銅伯の娘であるゆらを演じ、彼女もまた新たな魅力を見せていた。十兵衛と出会うことでゆらの中に起こった大きな変化と、その変化を際立たせるためのそれまでの妖しさ。礼演じる十兵衛との関係はこれまでの作品でもあまり見ないものだったが、成長著しい彼女のパフォーマンスも素晴らしかった。大野拓史氏による脚本・演出である今作は「復讐」が大きなテーマとなっているがエンタメ要素の強い痛快な物語に仕上げられていて、ストーリー自体は分かりやすいものの、登場人物の膨大さと専門用語の耳なじみのなさに混乱する可能性もあるため、開演間にしっかりパンフレットを読んでおく方がいいかもしれない。若手の男役や娘役がクローズアップされる場面も多く、ファンとしては嬉しい演出になっている。

   

 二本目のショー『モアー・ダンディズム!』は岡田敬二氏による「ロマンチック・レビュー」シリーズの21作目となる作品。かつて真矢みき湖月わたるが主演した「ダンディズム三部作」の三作目でもあるこの『モアー・ダンディズム!』は、岡田氏本人が語るように「陶酔」が重要な要素となっている。例えば礼真琴お披露目作品のショーとなった『Ray』がそうであったように、近年のレビューはテンポが速く、スピード感とリズムで表現する「力強さ」や単純な「手数の多さ」を武器にした作品が多い。そんな中にあって今作はまさしく「優雅」で「うっとり」としたときめきに満ちている。

 ここからは印象的な場面をいくつか挙げていきたい。まずはプロローグ。幕開きで板付きの出演者たちはそれぞれ四色の衣装に身を包んでいて、観る者を非日常の世界へ誘う光景が広がる。「ロマンチック・レビュー」らしい場面が続く中、中詰めから続く場面ではこれぞ宝塚の男役という白い軍服に身を包んだ愛月ひかるのソロが。それが終わると世界観はガラリと変わり、ファンにはお馴染みの「ハード・ボイルド」の場面。漣レイラを筆頭としてダンサーを率いる礼真琴のキレを存分に楽しむことが出来る。「俺はダンディ お前じゃなく」なんて歌詞をまっすぐに成立させる、トップスターの存在感。終盤、デュエットダンスひとつ手前の場面は瀬央ゆりあのソロシーン。「ラ・パッション!」を高らかに歌い上げる彼の姿を見ていると、ここ数年の成長ぶりに驚かされる。紛れもない、星組の中心を担う男役だ。

 礼真琴・舞空瞳のトップコンビだけではなく、組全体の充実ぶりを感じさせる作品だった。それだけに夢妃杏瑠や紫月音寧、漣レイラといった長年にわたって組を支えた面々や、彩葉玲央に湊璃飛、澄華あまねら若手が退団してしまうのは寂しい。愛月ひかるをはじめ、みなさん、本当にお疲れ様でした。