感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:星組公演『ロミオとジュリエット』

 ミュージカル『ロミオとジュリエット』が、礼真琴・舞空瞳率いる星組によって宝塚の舞台に帰ってきた。シェイクスピアの名作『ロミオとジュリエット』をジェラール・プレスギュルヴィック氏が新たにミュージカル化したこの作品の日本初演が2010年。それから数度の再演を経て、2013年の新人公演でロミオを演じた礼真琴が今度は星組トップスターとして再びロミオを演じることになった。潤色・演出は引き続き小池修一郎氏が務める一方、今回は稲葉太地氏も演出に加わっている。折からの新型感染症の影響で宝塚歌劇団は半年の公演延期を余儀なくされ、その結果小池氏が演出を担当している梅田芸術劇場公演などと日程が重なったことなどが影響しているのだろう。配役や出演人数への影響も大きい。伝統的に『ロミオとジュリエット』のメインキャストは役替わりが多いが、それだけでなく、出演者の数を絞るため若手組子はA班とB班に分けられている。今回私が観劇したのはB日程で、主な役替わり配役は以下の通り。

ティボルト…… 瀬央ゆりあ

死…… 愛月ひかる

ヴェローナ大公…… 遥斗勇帆

ベンヴォーリオ…… 綺城ひか理

パリス伯爵…… 極美慎

マーキューシオ…… 天華えま

愛…… 希沙薫

 明日海りおという準トップがいたこともあってか、前回の月組公演では主演のロミオ役も役替わりだったが、今回はティボルトなど2番手以降の配役がダブルキャスト。礼真琴・舞空瞳という若いトップコンビが率いる、若手男役の粒が揃った星組。そんな星組が挑む『ロミオとジュリエット』という大作がどうなるのか、大いに期待しながら観劇したが、その期待は裏切られた。無論、良い意味で。

 「神と人」「男と女」など、いくつものテーマを持った『ロミオとジュリエット』ではあるが、やはり一番大きなものは「憎しみと愛、死」だろう。モンタギューとキャピュレット、それぞれの家に連綿と受け継がれてきた「憎しみ」は、もはや両家の人々が背負う「宿命」になっていた。

『ここはヴェローナ いとしいヴェローナ

 生まれた時には 憎む敵がいる

 生まれる前から 終わることの無い

 争いの渦に 巻きこまれている

 ここはヴェローナ 我が街ヴェローナ

 疑う前には 既に敵がいる

 赦し愛し合う 時など来ないさ

 永遠に憎み 争う定め』

    ──「ヴェローナ」より

 

   

 受け継がれてきた「憎しみ」に立ち向かう術は、「愛」と「死」だった。ロミオとジュリエットの燃えるような愛、そして死。それがなければ、モンタギューとキャピュレットが赦し愛し合う時は来なかった。「愛」と「死」でもって「憎しみ」と戦うロミオとジュリエットを演じる礼真琴・舞空瞳のプレッシャーは想像に難くないが、若くしてトップスター、トップ娘役となった二人のパフォーマンスには素晴らしいものがあった。強い意志とパワーを持ち、『ロミオとジュリエット』という物語を突き動かしていくジュリエットを演じることは、舞空瞳にとっては大きなチャレンジだっただろう。しかし考えてみれば、そのダンス力で忘れられがちではあるが、舞空瞳という娘役が一躍脚光を浴びることになったのは2017年花組公演『ハンナのお花屋さん』におけるハンナ役で見せた演技力によって、だった。今回も純粋さ、あるいは無邪気さだけではないジュリエットのキャラクターをうまく表現していたように思う。

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舞空瞳(ジュリエット)

 対してジュリエットの強い意志を受け止める立場であるロミオ役もまた、礼真琴にとっては大きなチャレンジだっただろう。物語を通してジュリエットは神にすら抗おうとするが、名ナンバー「僕は怖い」やマーキューシオとティボルトの死の場面に代表されるように、ロミオはどこか浮世離れして現実感がない。トップスターとして、組の中心としてそういう役を演じることには、また違った種類の難しさがあっただろう。しかしそこは礼真琴と言ったところで、男役として新たな一面を見せていた。新人公演での主演経験が活きたのかもしれない。ロミオとジュリエットという若いふたりの在り方が、礼真琴・舞空瞳というトップコンビのこれからにオーバーラップしているようで、頼もしさすら感じた。

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礼真琴(ロミオ)

 ここからは、個々の出演者にフォーカスを合わせていきたい。ティボルトを演じた瀬央ゆりあ、「死」を演じた愛月ひかる、ベンヴォーリオを演じた綺城ひか理、それぞれのパフォーマンスは素晴らしかった。男役陣の中で大きな成長を感じたのは、マーキューシオを演じた天華えま。シェイクスピアの残した美しいセリフの数々を上手く、的確に、なおかつキャラクターの持ち味を殺すことなく表現していて、一皮も二皮も剥けたなと思わせるパフォーマンスだった。ヴェローナ大公を演じた遥斗勇帆にも言及しなければならない。彼の歌唱力には以前から定評があったが、『THE SCARLET PIMPERNEL』新人公演でのショーヴラン以来の大役に今持てるすべての力を注ぎこんでいるような印象だった。今作をきっかけに、大きく成長して欲しい。「愛」を演じた希沙薫のダンスもしなかやで、印象に残る。しかしなんと言っても、乳母を演じた有沙瞳に言及しなければならないだろう。それほどに彼女のパフォーマンスは素晴らしかった。美城れん、美穂圭子など、専科の錚々たる顔ぶれが演じてきた乳母、そして「彼女はあなたを愛している」という名曲の歴史に、確かな一ページが加えられた。

 組全体として充実のときを迎えている星組。一体これからどんな作品を見せてくれるのか、期待が高まって仕方ない。