感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:星組公演『エル・アルコン─鷹─/Ray─星の光線─』

 礼真琴がティリアン・パーシモンを演じるのは必然だったのかもしれない。2007年、安蘭けい遠野あすかというトップコンビを中心にした星組で上演された『エル・アルコン─鷹─』は、主人公ティリアン・パーシモンがが今までの宝塚らしくない、いわゆる「ダーティヒーロー」だったことで話題を読んだ。13年の時を経て、ティリアンが宝塚の舞台に帰ってくる。礼真琴という男役によって。

 ティリアン・パーシモンが「ダーティヒーロー」と形容されるのは、彼の生きざまに理由がある。イギリス人でありながらスペイン貴族の血を引く彼は、小さな頃から迫害を受けてきた。「野心のままに生きてごらん、君にはそれが出来る」という言葉を胸に、ティリアンは野望のままに生きていく。幼い彼の心に広がった、まだ見たこともない七つの海を目指して。

漆黒の翼を翻し 鷹は海を目指し

海に生き 海へと還る

惜しくない 安らぎも温もりも

あの日の微かな残り香は 母の手のオレンジの香り

いらない いらない

遠い彼方に 全てを置いてきた

戻ることない あの日に別れ告げ

私は未だ見ぬ大空に羽ばたいた

染め上がる大海原を 照らし出す太陽の色は

あの日私の手を染め上げた罪の色

その真紅に彩られた私の夢

その名を野望と呼ぼう

   ─「エル・アルコン─鷹─」

 彼の野望。それは、いつ日かスペインに帰り、あの無敵艦隊を率いて七つの海を制覇することだった。自らの野望を達成するためなら、彼はどんな手段も選ばない。若くしてイギリス海軍の中佐となった彼の最初の標的は、港町プリマスの大商人グレゴリー・ベネディクトだった。スペインからの独立を目指すネーデルランドを支援する彼は、ティリアンにとって邪魔な存在だった。グレゴリーに近づき信頼を得る一方で、ティリアンは友人の陸軍大佐であるエドウィンと、その婚約者で海軍海軍提督の娘ペネロープと出会う。策略を巡らし、二人の間に亀裂を生じさせた彼は、エドウィンに代わってプリマスからロンドンへ帰るペネロープの護送を務めることになった。しかしその途中、ティリアンの船は海賊船の襲撃を受ける。フランス貴族の称号を持つ誇り高き女海賊、ギルダ・ラバンヌ(舞空瞳)率いるブランシュ・フルールの一団だった。自らの領地であるウェサン島を脅かすティリアンの船に対して巧妙な攻撃を仕掛け追い詰めるギルダだったが、ティリアンの猛反撃に合いあと一歩のところで退却を強いられてしまう。ティリアンとギルダは、敵ながら互いの見事な腕前に惹かれていくのだった。海賊の攻撃を切り抜け無事ペネロープをロンドンまで送り届けたティリアンは、海軍大佐へと異例の出世を遂げた。やがてティリアンは国家への反逆罪に問われたグレゴリーの裁判に立ち会うことになる。無実の訴えもむなしくグレゴリーには死刑の判決が下されたが、すべてはティリアンの思惑通りだった。ティリアンの前に現れたグレゴリーの息子レッド(愛月ひかる)は、いつか必ず父親の名誉を回復し、ティリアンの悪事を暴くと宣戦布告する。再びブランシュ・フルールと戦うことになったティリアンは、ギルダと激しい攻防を繰り広げた末、ついに彼女を捕らえる。自分と同じく海でしか生きられず、勇敢で誇り高いギルダを愛し始めていたティリアン。ギルダもまた、憎むべき敵であるスペインの血を引く彼に心惹かれていた。

 ティリアン・パーシモンが、野望のためには悪事を悪事とも思わないのはなぜなのだろう。それはおそらく、彼がスペインに亡命し無敵艦隊を率いて七つの海を制覇することが、彼にとって自らの出自に対する復讐だからではないだろうか。ティリアン・パーシモンのアイデンティティは崩壊している。「スペイン野郎が」と罵られ迫害された幼少期はもちろん、自らの体に流れるスペインの血、自分を通してジェラード・ペルー(綺城ひかり)と故郷のスペインを見る母のイザベラ(万里柚美)…。そのすべてが、ティリアンにとって煩わしく、しかし忘れがたいものだったはずだ。イギリスとスペインを支配し、果ては世界に広がる七つの海をも制覇する…。そうして初めてティリアン・パーシモンは自分をひとりの人間として認めることが出来たのかもしれない。だからこそ、ティリアンは海に憧れるきっかけとなったジェラード・ペルーをウェサン島で捕らえその首に縄をかけたときも、「おっしゃりたいことはそれだけですか」とだけ言い放ったのだろう。何もいらない。過去の思い出も、彼には不要なのだ。そんな彼の復讐は、イギリスを滅ぼし七つの海を制覇するのではなく自らが燃え尽きるという形で達成される。この結末を見ると、ティリアン・パーシモンという一人の人間を思って涙をこぼしそうになるのだが、それはやはり礼真琴という男役が持つ表現力の賜物だろう。彼の力がなければ、ティリアン・パーシモンが「ダーティヒーロー」になることはなかった。決して許されない悪行の数々を働きながらもカッコよく、それも哀愁を漂わせるティリアンというキャラクターを演じきった礼真琴は一体どれだけの実力を秘めているのだろう。しかし思い返してみると、彼がダーティな役どころを演じる可能性はあった。『桜華に舞え』の八木永輝役を見て、「この人に悪役を、それも二番手ではなくトップスターとして演じて欲しい」と感じたのだ。そしてその願いは、期せずして叶えられることとなる。『アルジェの男』によって。当時彼は二番手ではあったが、素晴らしいパフォーマンスを見せた。彼が演じたジュリアン・クレールは、ティリアンと同じく野望に生きる男だった。八木永輝、ジュリアンというキャラクターを経て、礼真琴の引き出しは大きく広がったように思う。そんな彼がトップスターとして、満を持してティリアン・パーシモンを演じたのは必然だったのではないだろうか。

   

 『Ray─星の光線─』は、本公演でも上演された礼真琴・舞空瞳の大劇場お披露目公演である『眩耀の谷』と同時に上演されたショーを今回の梅田芸術劇場公演のために構成し直したものになっている。大劇場で観劇したときにもそう感じたが、やっぱり礼真琴と舞空瞳はショー・スターだと言わざるを得ない。芝居で見せる両者の魅力はもちろんだが、ことショーで二人が組んだときに見せるパフォーマンスは筆舌に尽くしがたい。それぞれがソロの場面で見せる実力も相まって、「ショーの星組」は今新たな一面を見せている。ここからは大劇場公演のバージョンとは演出が変更された箇所を中心に、描く場面の感想を書いていきたい。

 まずプロローグの第1場から第3場では、瀬央ゆりあが担当していた部分を綺城ひかりが、華形ひかるが担当していた部分を大輝真琴が担当していた。

 続く第4場は、本公演では礼・舞空のデュエットになっていたが、梅芸版では礼のソロシーンになっている。ポップなナンバーを軽やかに歌い上げる礼が印象的。

 次の第5場は瀬央ゆりあがソロを歌う場面だったため、大きく変更されている。天飛華音や桜庭舞、水乃ゆりといった若手の組子数人が歌い継ぎ、これからの星組を感じさせた。

 第6場と第7場は天寿光希のソロをバックに男役と娘役がタンゴを舞う場面だったが、そのコーラスをひろ香祐が担当していた。人数が減っても礼・舞空を中心にした群舞の迫力は衰えておらず、見ごたえがある。

 第8場はニューヨークを舞台に、有沙瞳と愛月ひかるがスーツ姿の男役を引き連れ、ジャズに乗って踊る場面で、大きな変更はなかった。本公演で美稀千種が務めていたソロは数人の男役が担当している。

 続く第9場から第14場まで続く中詰めの場面では、華形ひかるが男役を連れていた部分を、娘役を率いた舞空が担当していたところ以外に大きな変更はなし。ここまでで比較しても舞空の場面が多くなっているが、彼女のパフォーマンスはその負担を感じさせないものだった。

 本公演では綺城・有沙のデュエットだった第15場Aパートはそのまま。Bパートではロケットが披露されるが、梅芸版でロケットガールを務めたのは桜庭舞・都優奈・瑠璃花夏の三人。

 最も大きな変更があったのは、第16場と第17場。本公演では「オリンピア」をテーマにした場面だったが、今作では古代ギリシャを舞台に人間が持つ様々な「愛」を歌う場面に変わっている。もちろん万里柚美さんのセリフも違うものになっていた。

 第18場から第22場はフィナーレとパレード。本公演では極美慎が歌っていたソロの部分を天飛が担当していた。フィナーレで大きな変更があったのは、礼・舞空のデュエットダンスの場面。バックに流れる曲が「星に願いを」になっている。このアレンジのカゲソロを遥斗勇帆と音咲いつきが務めているのだが、ぜひ聴いて欲しいと思う。

 華やかで溌剌としたショーという印象はそのままに、若手を起用した場面が多くなり、新たなフレッシュさを感じられる構成、演出になっていた。礼・舞空のパフォーマンスはもちろんだが、やはりフィナーレのデュエットダンスで流れていた「星に願いを」のカゲソロがかなり印象に残っている。遥斗勇帆は星組、あるいは劇団全体でも指折りの歌唱力を持っていると個人的に思っているので、これからの活躍を願っている。まずは次回公演『ロミオとジュリエット』で演じるヴェローナ大公役に期待だ。