感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:雪組公演『NOW! ZOOM ME!!』

 新型感染症の流行に際し、あらゆる舞台の幕が閉じられてからもう半年ほどが経つ。東西に常設の専用劇場を擁し、100年以上の歴史を持つ宝塚歌劇団も例外ではなかった。本拠地の宝塚大劇場も、東京宝塚劇場も、公演中止を余儀なくされた。席数削減、オーケストラ生演奏休止、出演人数までも絞った上で公演が再開されたのは7月になってからだった。一人の宝塚歌劇ファンとして、再び幕が上がること、タカラジェンヌタカラジェンヌとして再び舞台に立つ日が来たことはもちろん嬉しかったが、私の心に高揚感はなかった。エンターテインメントそのものが「エンタメは仕方ないよね」という空気の中で窮地に立たされ、悲鳴をあげることすら許されないまま消えてしまったものが、人たちが、確かに存在する。そんな何かの、誰かのために出来ることが自分にはあったのではないか?「エンタメが好きなんです」と公言し、行動してきた自分が、宝塚歌劇の公演が再開されることをただ喜んで受け入れていいのか?そういう気持ちがあった。そしてなにより、不安だったのだ。今の宝塚が、しっかりと宝塚をやれるのかが。いくつもの制約のもとで打たれた公演が、私の求める宝塚であるのかが。この閉塞感を抱いたまま宝塚を見て、「不当に失望」してしまわないかが不安だった。けれど、ライブ中継とはいえ、およそ半年ぶりに見た宝塚は宝塚のままだった。

 

 雪組公演『NOW! ZOOM ME!!』は本来なら文京シビックホール神戸国際会館で行われるはずだったが新型感染症の影響で中止になり、宝塚大劇場東京宝塚劇場で上演されることになった望海風斗のコンサート。作・演出は齋藤吉正。昨年退団して元花組トップスター明日海りおはあるインタビューで宝塚の魅力を聞かれ「いい意味で昭和っぽいというか、すこしダサいところ」と答えていたが、この『NOW! ZOOM ME!!』はまさにその「昭和っぽさ」が前面に押し出された公演だった。そして何より、宝塚だからこそ通用する力技というのか、そういうパワフルさに満ちていた。

   

 第一幕、まずはあれよあれよという間に場面が進んでいくのだが、唐突に始まった宇宙人との戦いにびっくりしてしまったのは私だけではないと思う。国民的探偵アニメのテーマが流れる中、宝塚の街で宇宙人との争いが巻き起こるのだが、結局この風呂敷は畳まれない。でもそれでいいのだ。望海風斗の歌う「ウィンクでさようなら」がまた聴けたのだから。つづく場面では演者がバブリーな衣装に身を包み、歌謡曲やポップスを歌い継ぐ。ものすごく齋藤先生っぽさがある場面だった。彩凪翔さんの「こんな格好なのにカッコイイんだ感」と沙月愛奈さんのしっくり感がすごいので、東京公演を見る予定がある方は注目して欲しい。 第一幕はあっという間に終わってしまった。久しぶりに見る宝塚のパワーにやられてしまったのかもしれない。

 さらに驚くのが第二幕で、8割くらいは麗しい演者たちの小芝居で構成されている。まず最初に流れるのは『金八先生』のオープニングをパロディした映像なのだが、その再現度が凄まじい。どうしてそんなに本気なんですか?と思ってしまうくらいには本気のパロディ映像が流れる。宝塚、そういうとこあるぞ。金八パロディが終わったあとは望海風斗が主演を演じてきた作品をミックスした芝居パート。タカラヅカスペシャルで数年前まで行われていたあれ、と表現すれば分かりやすいかもしれない。クスクスとこちらが笑っている間に小芝居が終わり、どうなるかと思っていたら真彩希帆が現れてさらに驚く。私が観たのは大劇場千秋楽のCパート、真彩希帆がゲスト出演する日だったので、どういう風に登場するかと考えていたのだが、ものすごくぬるっとした登場だった。そして流石と言うべきか、真彩希帆はその圧倒的な歌唱力で劇場の雰囲気をすべて持っていく。最初に披露した「You Raise Me Up」は、圧巻と表現する他なかった。この自粛期間を経て、ただでは復帰しないところに彼女の凄みを感じる。続く望海風斗とのデュエット、MCも素晴らしかった。過度なネタバレになるように思うのでその他の詳細な曲名については言及を避けるが、ここから終幕まで本当に素晴らしいパフォーマンスが続く。

 宝塚ってこういうことだったなぁと、観る者に改めて思わせてくれる、とても楽しいコンサートだった。個人的に印象に残っているのは第一幕の中盤で彩凪翔さんが「最後に愛は勝つ」を歌った場面。世界がこんなことになっている中で、タカラジェンヌが「最後に愛は勝つ」と歌うことの重さ。涙がこぼれた。

夜空に流星をみつけるたびに 

願いをたくし ぼくらはやってきた

どんなに困難でくじけそうでも

信じることさ 必ず最後に愛は勝つ

     KAN「愛は勝つ