感情の揺れ方

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劇評:ミュージカル『シャボン玉とんだ 宇宙までとんだ』

虹色のシャボン玉 宇宙(ソラ)まで飛ばそう

虹色のシャボン玉 宇宙(ソラ)まで飛ばそう

  咲妃みゆという役者の力を侮っていたかもしれない。彼女のことはもちろん宝塚時代から知っていたし、月組公演『春の雪』や『THE MERRY WIDOW』でのパフォーマンスや、雪組トップ娘役時代に見せた鳥が空に羽ばたくような素晴らしい歌声も聞いてきたが、この『シャボン玉とんだ 宇宙までとんだ』で咲妃みゆという役者はまた別の輝きを見せていた。思えば私は彼女の歌声や可愛らしいヴィジュアルに気を取られすぎていたのかもしれない。そう考えさせるほど、彼女は素晴らしい演技力をこの公演で発揮していた。

 『シャボン玉とんだ 宇宙までとんだ』というこの作品は、1988年に音楽座の旗揚げ公演として初演されて以来何度も再演されており、日本ミュージカルの金字塔とも言われている。そんな作品が今回小林香を演出に迎え、初演に参加していた面々や新たなメンバーを加え2020年に上演された。物語はまず、作曲を志し努力を重ねる青年三浦悠介(井上芳雄)がデートで訪れた遊園地でスリを生業にしている孤児の少女、折口佳代と出会うところから始まる。後日再会した二人は、夢を語り合う。悠介の夢は作曲家になること。そして佳代の夢は、あたたかい家庭を築くことだった。シャボン玉を拭きながら、ある意味ではありふれた生活を「夢」として語る佳代の姿はどこまでも明るく、だからこそ痛々しい。ありふれた夢は、しかし佳代にとっては触れたら壊れそうなほど儚いものなのだ。それはまさしくシャボン玉のように。そんな彼女だからこそ、悠介の告げる「いつの日か夢は叶う」という言葉が胸に響いたのかもしれない。

「たとえば流れ星 見つからなくても

 いつの日か夢は叶う 輝く心あれば

 あきらめることなど 誰にでも出来る

 辛くても捨てないで 微笑みを忘れずに」

         ──悠介/「ドリーム」

「忘れかけていた 幼い頃の

 透きとおるあこがれが

 今 胸によみがえる」

         ──佳代「ドリーム」

 二人は惹かれあい、はじけて消えるシャボン玉のような佳代の夢は少しずつ少しずつ形となり始め、悠介もまた夢に向かって前進していく。佳代の出生に隠された秘密が引き起こす困難は幾度も二人の前に立ちはだかるが、決して二人は諦めない。「あきらめることなど誰にでも出来る」。二人の願いはついに空を超え、宇宙まで届いていく。お佳代のシャボン玉は、どこまでも飛んでいく。

 

 この作品の主人公は、折口佳代だ。折口佳代のごく個人的な物語が、時を超え、空間を超える。だからこそ、咲妃みゆには相当なプレッシャーがかかっていたことだろう。1979年、1989年、1999年という3つの年代の折口佳代を演じ分ける必要があるなど、彼女に求められるパフォーマンスはかなりのレベルだったのではないか。しかし咲妃みゆは、その圧倒的な表現力でもって、それに応えていた。心からの拍手を送りたいと思う。

 個々の出演者にフォーカスしていくと、やはり三浦悠介を演じた井上芳雄のパフォーマンスも素晴らしかった。気弱で頼りない、けれど優しくて周りの人からは応援されるという悠介を的確に演じていた。上原理生や土居裕子はその歌声が強烈な印象を残していたし、松田未莉亜のダンスは卓越していたように思う。そしてやはり、仙名彩世が舞台に帰ってきてくれたことが本当に嬉しい。花組を退団してからおよそ一年、その歌い方も芝居もあらゆるパフォーマンスが娘役時代のそれではなくなっていて、一抹の寂しさを感じるとともに退団後に彼女が積み上げてきたものの重さを感じるような気がして、頭が下がる思いだった。