感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:宝塚歌劇団花組『A Fairy Tale─青い薔薇の精─/シャルム!』

 「トップ・オブ・トップ」こと花組トップスター明日海りおのサヨナラ公演が遂に始まってしまいました。「トップ就任は余命宣告」ということは重々理解していたつもりではありますが、やはり寂しい。この公演を劇場で観ることが出来たという幸運に感謝しつつ、感想を書いていきたいと思います。

 まず『青い薔薇の精』は植田景子先生の作・演出。植田先生といえば、『ハンナのお花屋さん』や『ザ・ラスト・パーティ』、大劇場では『舞音』や『ロストグローリー』など、登場人物の過去や繊細な心情描写、そしてどこか不思議な要素を盛り込んだ作風、演出が特徴です。それは今回も変わりなく、むしろ「妖精」という存在を中心に据えることで19世紀当時の人間関係を描き出すという「これぞ植田景子」というような作品になっています。

 明日海りおさんが演じるのは、薔薇の精エリュ。薔薇の精として生を受けたものの、自然界の掟を破ってしまい、青い薔薇の精として深い霧の中で暮らすことになります。『エリザベート』や『ポーの一族』にでも演じていた、「人間ではない存在」にサヨナラ公演で挑むという巡り合わせ。明日海りおが今まで男役として培ってきたすべてをここで見せるんだという心意気を感じさせるようなパフォーマンスでした。登場シーンの妖しい美しさと言ったらもう…。物語の序盤、エリュは「自分たちは人よりも優れた存在なのになぜ身を潜めていなければならないのか」、「なぜ人間は自分たちの存在を信じないのか」という憤りをもっています。感情のない存在ではなく、むしろ情緒に満ちた、人間よりも多くのことを感じている存在がエリュをはじめとした妖精たちなのです。そんなエリュが幼いシャーロットに心惹かれ、そのために青い薔薇の精に姿を変えられ…。数十年後、シャーロットと再会するために植物の研究をしているハーヴィーと出会い、人間の心に触れ、人間に対する思いを改め…という、大きな感情の流れをもつエリュという難しい役どころを、舞台の上に表現されていました。

 植田先生の作品はなんというか、「縦軸」の演出が印象に残ります。登場人物の心情を繊細に描くために、幼少期などの過去を丁寧に丁寧に描写するシーンが多いです。人間というのは決して今現在だけの存在ではなくて、生まれたときから積み上げてきたものの結晶なのだという部分を、フィクションの登場人物であっても決しておろそかにしない。この作品でも、エリュという妖精がどういう存在なのか、シャーロットがどういう人生を過ごしてきたのか、なぜハーヴィーが植物の研究をしているのかが繊細に描かれていました。植田先生と明日海りおという役者の相性の良さを感じさせる作品です。

 そして印象に残っているのは、シャーロットの結婚相手を演じた羽立光来さん。今までにない、いわゆるクズ旦那という役どころで、新たな魅力を感じさせるパフォーマンスでした。今回で退団される乙羽映美さんもミステリアスで難しい役どころでしたが、その実力を遺憾なく発揮されていて、素晴らしかったです。『CASANOVA』での娘役大量退団を経て、これからの花娘を担ってくれる存在だと思っていただけに、寂しさがあります。全体的な印象としては、トップ娘役お披露目の華優希さんの場面が少なかったかなという感じが。ただこれも植田先生の作品にはよくあることかなと思います。

 

 ショーの『シャルム!』は稲葉太地先生の作、演出。パリの地下空間を舞台に、明日海りおという稀代の男役が持つ魅力を最大限に引き出した、華やかなショーでした。「サヨナラ公演」っぽい演出も随所にちりばめられていて、もう当たり前に泣いてしまいました。場面ごとの感想をざっくりと書いていきます。

プロローグ~

 魔法少女のような華さんが登場し、夜のパリの街で踊っていた優波慧さん、綺城ひか理さん、飛龍つかささん、帆純まひろさん、聖乃あすかさん、一之瀬航季さんをマンホールの下に誘います。そこからは華やかなプロローグ。柚香光さん、瀬戸かずやさん、水美舞斗さんらが銀橋を渡っていきます。この場面の最後には、明日海さんがすこしだけ客席に降りられます。

第三場~

 瀬戸さんと城妃美伶さんを中心にした、キャバレーの場面。今回で退団される城妃さんの素晴らしいパフォーマンスが見ものです。そして、歌手を務めた羽立さんの歌声。途中からは音くり寿さんとのデュエットになるのですが、ずっと聴いていたいような、すばらしいデュエットでした。

第四場~

 明日海さんを中心とした、男役の総踊り。スーツ姿にハットをきめて、曲はタンゴという、まさに男役のカッコよさを詰め込んだような場面。なんか、泣けてきます。

第五場~

 暗闇で光るように加工をしている骸骨を持って踊るという、斬新な場面。華さんの歌にのせて、娘役がカンカンを踊っているのがかわいい。途中からは明日海さんを筆頭に軍服姿の男役とロマンチックチュチュの娘役たちによる舞踏会が始まり、これぞ宝塚という素敵な場面です。最後には明日海さんの掛け声で始まるラインダンスが。今回のラインダンスの衣装は華やかでかわいい仕上がりでした。

第六場~

 レジスタンスの若者たちを中心にした場面。上手から銃を持った柚香さんが登場するのですが、ファンとしては『ブルー・ムーン・ブルー』を思い出しました。この場面では和海しょうさんの歌声を聴くことが出来ます。そして華さん演じる柚香さんの恋人は宝塚のショーらしく死んでしまうのですが、そこに明日海さんが現れ…という流れだと思います。そして出演者総出でセンターに立つ明日海さんを囲むようにして歌うのですが、この演出がめちゃくちゃサヨナラっぽくて、また泣きました。

第九場~

 朝のパリ。今まで見た景色を思い出すプロローグの若者たちを、瀬戸さんが再び地底にいざないます。

第十場~

 大勢の娘役を引き連れて、明日海さんが踊ります。なんという、娘役を引き連れているのが似合う男役だったなとしみじみします。そして最後に、黒燕尾での男役群舞。

第十二場~

 出演者全員によるパレード。エトワールは今回で退団される芽吹幸奈さんです。伸びやかな歌声は、花組の公演に欠かせないものでした。娘役で歌いながら降りてきたのは城妃さん。ソロで降りてくる男役の順番は、水美さん、瀬戸さん、柚香さんでした。パレードでの明日海さんの衣装がとても素敵で、そして「あぁ、もう最後なんだなぁ」と思って、また泣いてしまいました。

 およそ5年の長きにわたってトップスターを務めてこられた明日海りおさん。卓越した表現力、そして見る者に感じさせる男役としての美学は、本当に素晴らしいと言う他ないと、僭越ながら思います。2003年の入団から宝塚歌劇団に残されてきた足跡は、輝かしいものとしてこの先もずっと讃えられると感じてなりません。『エリザベート』、『ポーの一族』、『CASANOVA』、そして今回の『青い薔薇の精』。もちろん他の作品でもそうですが、すべての作品において、明日海りおでしか出来ないものを舞台に表現されていたと思います。本当にお疲れ様でした。そして、本当にありがとうございました。