感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:宝塚歌劇団星組『ロックオペラ モーツァルト』

 傑作。傑作も傑作、大傑作です。11月も終わりを迎えるこの時期に、2019年の宝塚で一二を争う傑作が誕生しました。その名も『ロックオペラ モーツァルト』。紅ゆずる・綺咲愛里の後を継ぎ、星組トップスターに就任した礼真琴・舞空瞳のトッププレお披露目公演です。2009年にパリで初演され、2013年には日本でも上演されました。その作品の宝塚初演が今回の星組公演になります。この『ロックオペラ モーツァルト』は、フランク・ワイルドホーン作曲の『モーツァルト!』とは全く別の作品になっているので、そこはご注意を。ミュージカルファンの間では有名な「影をのがれて」や「ダンスはやめられない」といったあのナンバーの作品ではありません。両作品の大きな違いは、やはりアントニオ・サリエリというキャラクターが存在する否か、でしょうか。『ロックオペラ モーツァルト』のあらすじは、以下の通りです。

 ヴォルフガング・アマデウスモーツァルト…幼いころより神の子と称えられ、もてはやされた天才音楽家──。誰もが羨む才能を手にしながら、自由を愛し、常に刺激を求める彼は、ザルツブルクで宮廷音楽家の職を得るも、窮屈な宮廷を嫌い、広い世界で自由に音楽を作りたいという夢を抱いて音楽修行の旅に出る。

 マンハイムを訪れたモーツァルトは、コンスタンツェ・ウェーバーという娘と出会う。コンスタンツェがパブで酔った客に絡まれていたところに出くわしたモーツァルトは、音楽で彼女を助けたのだった。演奏を目の当たりにしたコンスタンツェは、彼の才能、そして何よりモーツァルトその人に心を奪われる。だが、モーツァルトが恋に落ちたのはコンスタンツェではなく、彼女の姉アロイジアだった。アロイジアの色香に溺れ、恋にのめり込むモーツァルト。彼の旅に同道する母アンナ・マリアはそんな息子を案じ、夫であり、優れた音楽家であるレオポルトに息子を正しい道に戻して欲しいと手紙を出す。知らせを受けたレオポルトは、すぐにアロイジアと別れてパリに向かうよう命じるのだった。しかし、そのパリでモーツァルトは大きな挫折を味わうことになる…。

 傷心のモーツァルトは一度ザルツブルクに戻るも、ドイツ語でオペラを作るという心に抱いた夢を諦めきれず、再び故郷を飛び出しウィーンに向かう。ウィーンでは、コンスタンツェとの再会、そしてウィーン随一の宮廷音楽家アントニオ・サリエリとの出会いがモーツァルトを待っていた──。

                   ─パンフレットより

 いやぁ、傑作です。何度も言いますが、傑作です。2013年に『ロミオとジュリエット』で新人公演初主演、2014年に『かもめ』でバウホール初主演を経験して以降、数多くの新人公演と別箱の公演で主演を果たしてきた礼真琴。その礼真琴のトップスター第一作目は、確実に彼の代表作のひとつになります。確実に、なります。それくらいの作品です。幕が開いてから降りるまでずっと鳥肌が立っているような、よく少人数の別箱でこんな作品を、しかもこの完成度に持ってこれるなというような、トップスター礼真琴の名刺と言ってもいいような作品がこの『モーツァルト』だと思います。セリフよりも多いナンバー、そしてダンス。特に第一幕最後の、礼真琴演じるモーツァルトと舞空瞳演じるコンスタンツェによる歌とダンスは圧巻という他ありません。これからの星組はすごいことになる──。確かなその予感。歌とダンスだけでなく、天賦の才を持ち自由を愛するモーツァルトの若さと危うさを的確に表現する演技力もまた、彼の実力を感じさせるものでした。特に第二幕終盤、手練手管でモーツァルトを陥れてきたサリエリに対する「音楽を愛するものはみな友だ」というあのセリフに込められた表現。この作品におけるモーツァルトという人間のすべてが詰まっていると言ってもいいあのセリフの重さを見事に表現していたような気がします。

 コンスタンツェを演じた舞空瞳さんは、2016年に入団し、翌2017年『ハンナのお花屋さん』のハンナ役で大きな存在感を示して以降、全国ツアー公演でのヒロインや新人公演でのヒロインを経て今年星組に組替え、そして礼真琴の相手役として星組トップ娘役に就任されました。入団から花組ではずっと存在感のある娘役として、特にショーではそのダンスの実力を発揮されていましたが、今作ではダンスだけではなく歌、演技力も見せてくれています。特に悪妻として名高いコンスタンツェというキャラクターを、彼女自身が持つヒロイン感と確かな表現力でもって、今までの作品とは違った印象の人物に描きあげています。本当に組替えしてきたばかりの若い娘役なのかと思わせるほど安定感のあるパフォーマンスで、これからの成長を考えると胸に期待が満ちてきます。フィナーレのデュエットダンスを見ると、大劇場お披露目公演のショーが楽しみで楽しみで…。チケットが取れるかどうかは別にして…。

 

 そして、なんと言っても言及しなければならないのが、アロイジアを演じた小桜ほのかさん。いや、すごかった。そうだ、これが小桜ほのかという娘役なのだと思わせるほどの鮮烈なカムバック。この人がアロイジアでなければ、この作品はここまでの傑作にならなかっただろうというパフォーマンス。素晴らしかった…。鮮烈なカムバック、と表現したのには理由があって、彼女は昨年、ちょうどバウホール公演『デビュタント』のタイミングでケガをして、休演をされていたんです。そしてそれ以降、本公演などでは以前よりもすこし立ち位置が地味になってしまったといか…。語弊がありますが。2016年の『桜華に舞え』で新人公演初ヒロイン、2017年の『THE SCARLET PIMPERNEL』では初エトワールを務め、2018年の『ドクトル・ジバゴ』でも重要なキャラクターを演じるなど勢いのあった娘役なだけに、綺咲愛里の後任もあるかとファンとしては考えていただけに、彼女のパフォーマンスを見られないのが寂しく。しかし今年に入って、全国ツアー公演『アルジェの男』でアナ・ベルを演じるなどやはり実力はすごいものがあるので、ミュージカルスターとしての彼女を見ることが出来る作品、役柄が巡って来ないかと思っていたところにこの『モーツァルト』、しかもアロイジア。これは!という期待を、彼女はいとも簡単に超えていきました。すごい。歌唱力はもちろんのこと、今までにあまり見られなかった彼女のどこか妖しい一面を見せる表現力。舞台に立った彼女の見せるパフォーマンスは唯一無二のものがあります。本当に。そして舞空瞳との奇跡的なデュエットは、今作の見どころの一つでしょう。声質の相性がいいのかもしれません。小桜ほのかのカムバックに、大きな拍手を。

 礼真琴・舞空瞳という若いトップコンビを中心に据える中で、ベテランとして今作を支えていたのが白妙なつさんと専科の悠真倫さん、凪七瑠海さんです。要所要所に登場して綺麗な歌声を披露してくれる白妙さんには本当に安定感があり、モーツァルトの父親レオポルト役の悠真さんも登場するたびに舞台がグッと締まります。そしてやはりサリエリを演じた凪七さん。敵役のサリエリが持つ、モーツァルトに対する嫉妬や羨望、そして敬服という相反する感情を見事に表現されていました。主な登場は第二幕からになりますが、「切り刻まれたプライド」や「殺人交響曲(殺しのシンフォニー)」といった名ナンバーが印象に残っています。

 今作の大きな特徴としてあげられるのは、「娘役の出番が多い」という点でしょうか。特に第一幕ではサリエリのナンバーがないこともあって、娘役のための場面が多かったような気がします。これはものすごく個人的な意見ですが、星組の娘役は他の組と比べてギラギラしているというか、もちろん娘役として男役に寄り添うという気持ちはむしろ他の組よりも強いような印象もありつつ、でもなんというか「私が舞台に立つのだ」という気持ちで作品に臨んでいるような印象を受けることが多くあります。与えられた役割を全力で取り組むのはもちろん、組子同士で切磋琢磨する、言い方を変えればライバルとして高めあい、しっかりと競争している、というか。それ自体の是非は置いておいて、そういう姿勢で作品に取り組んでいることが、星組の伝統的な雰囲気に繋がっているのかなと。そういうことを再認識させられる、出演者全員の鬼気迫るパフォーマンスが2時間半続く傑作になっています。あぁ、見られるなら何回でも見たい。