感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:宝塚歌劇団宙組『El Japón-イスパニアのサムライ-/アクアヴィーテ!! ~生命の水~』

 円熟味を増している宙組トップスター真風涼帆さんの本公演4作目が幕を開けました。原作なしのオリジナル作品『エルハポン』とショー『アクアヴィーテ』の2本立てになっています。大野拓史先生によるオリジナル作品ということで、やはり「誰がどのようなキャラクターを演じるか」を念頭に置いた舞台作りがなされていて、「これぞ宝塚」というお芝居でした。

 真風涼帆さんが演じるのは、17世紀初頭に仙台藩が派遣した慶長遣欧使節団のひとりで夢想願流剣術の使い手、蒲田治道。忠義深いまさしく侍という男の、つらい過去に由来する心の葛藤や決意、譲れないものをたおやかに表現されていました。真風さんはなんというか、今回のように誠実で一本筋の通った役を演じるのが上手いなという印象があります。『ヴァンパイア・サクセション』とか。その一方で『オーシャンズ11』のダニーや『メランコリック・ジゴロ』のダニエルなど、どこか飄々とした男を演じるのもうまい。ただ、ダニーもダニエルも誠実かどうかは別にして自分の行動を決めるための信念がしっかりとしているという点は共通しているので、そういうことかもしれません。こういうところがオリジナル作品の良いところですね。貿易交渉のため仙台藩から派遣された使節団は1年をかけてスペインの地に到着しますが、国王との交渉は膠着し、ついには王宮からも追い出されて郊外の修道院で無為な日々を過ごすことに。そんなある夜、治道は街で追手から逃げる日本人の少女と出会います。奴隷として農園に売られたその少女を救おうと戦う治道ですが、そこは多勢に無勢。治道の窮地を救ったのが、芹香斗亜さん演じる謎の男アレハンドロ。彼の手引きによって、農園から逃げ出してきた少女たちは街道沿いの宿屋に匿われることに。その宿屋の主人カタリナを演じるのが星風まどかさんです。芹香さんはひげを蓄えた謎の男ということで、今までとはまた一味違った役どころ。物語の随所で存在感を示していて、確かな実力を感じました。星風さんは宿屋を経営する未亡人で、まだまだあどけなさの残るキュートなビジュアルが魅力の彼女には難しいのではないか、なんて思っていましたがそんなことはありませんでした。未亡人、そして宿屋の主人という「大人の属性」と彼女特有の魅力がうまく同居していて、舞台さばきもどんどん成長しているなぁという印象です。

 作品全体としましては、なんというか「めちゃくちゃ宝塚っぽい」なぁという感想です。特に後半は、筋だけを見ればパワープレイというか力技ですべてを解決するという流れになるんですが、宝塚はその力技をスターの存在感と実力で綺麗に成立させてしまうんですよね。いい具合に肩の力を抜いて楽しめるというか。今作は特にその傾向が強いように感じました。その中にあって真風さんや芹香さんの演技力表現力は抜けていて、この2人じゃないと成立しなかったなぁと思います。それを支える星風さんや桜木みなとさん、そして専科の英真なおきさんの表現力も素晴らしいものがありました。特に桜木さんは悪役というか、治道の敵役であるエリアスを演じていましたが、『オーシャンズ11』のベネディクト以降、グッと実力をつけてきているなと思わせるものがあります。

 

 

 ショーの『アクアヴィーテ』は、藤井大介先生の作・演出です。アクアヴィーテ、つまりウィスキーをテーマにした大人のショー。今の宙組が持つ魅力を全面に押し出した、素晴らしいショーだったと思います。藤井先生のショー名物、女装した男役が銀を橋渡るシーンもありました。全体的によく歌いよく踊る、それも適材適所が徹底されているショーでした。真風さんの落ち着いた、ノーブルな雰囲気は「ウィスキー」というテーマによくマッチしていましたし、スタイリッシュな芹香さんもすごくカッコイイ。星風さんのかわいさをより引き立たせるような衣装はどれも素敵で、彼女の伸びやかな歌声を前面に押し出した曲が多く、もっと聞きたい!と思わされました。宙組の男役に特有のスラっとした品のある魅力がどの場面でも生きています。ビシッとスーツを決めたダンスシーンは観ているだけでドキドキするというか。

 印象的な場面はいくつもありました。まずは第4章。今回で退団が決まっている実羚 淳さんがトゥシューズを履いてものすごくしっかりとしたバレエを見せてくれるのですが、その踊りのすごさたるや。あの場面の主役は、紛れもなく彼でした。本当に綺麗で、気迫すら感じさせるパフォーマンスには胸を打たれます。

 第6章では客席降りがあって、華やかな場面です。客席降りのあとに、真風さん、芹香さん、桜木さんの3人がロックグラスを片手に客席で甘い言葉をささやく場面があるのですが、これから観劇される方が絶対に注目しておいた方が良いです。これぞ!これぞ宝塚のショー!という。黄色い声がこだまします。

 そして、和希そらさんも素晴らしいパフォーマンスを発揮していました。まず第7章の冒頭ではセンターでキレッキレのダンス。ショー全体の後半ではタコ足のドレスに身を包んだ女装姿で銀橋を渡るのですが、なんかもう普通に綺麗で、普通に娘役っぽい歌い方をしていて何でも出来るなぁと。

 最後に、実羚さん以外にもこの作品で退団される星吹彩翔さんや桜音れいさんにもソロの場面があって、個人的に星吹さんがずっと好きだったので普通に泣いてしまいました。こういう具合に、退団される方にははなむけとなるような場面がしっかり用意されていて、これもまた宝塚っぽくていいなぁと思う要素のひとつだったと思います。

 全体的にすごくまとまっていたというか、しっかりと盛り上がるショーという印象です。今一番安定感があって面白いショーを見せてくれるのって、雪組宙組なのかなと感じます。