感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:宝塚歌劇団星組『GOD OF STARS─食聖─/Éclair Brillant』

 紅ゆずる・綺咲愛里のサヨナラ公演が幕を開けました。『食聖』は小柳菜穂子先生の作・演出。星組と小柳先生のタッグと言えば、数年前のバウホール公演『かもめ』や昨年の台湾公演『Thunderbolt Funtasy』などがありますが、個人的に印象に残っているのは『めぐり会いは再び』シリーズ。たまたまBSで放送されているのを見て、「なんだこの誰も不幸にならないハッピーなお話は!」と思ったことを覚えています。振り返ってみると、それが宝塚にハマるきっかけになったような気がします。さて、今回の『食聖』もまさに「誰もが幸せになる」ような、多幸感に満ち満ちた作品になっています。プログラムのコメントによると、

「香港映画の多幸感に満ちた世界を再現したいと思い、過去に見たあらゆる香港映画のテイストをごった煮にした作品を作ってみることにしました」             小柳菜穂子

 とのこと。確かに仰る通りで、かなりぶっ飛んだ内容の物語でした。しかしそこは紅ゆずると綺咲愛里。二人のコメディセンスで、終始笑いっぱなしの作品に仕上がっています。 

 紅ゆずるさんが演じるのは、三つ星の天才料理人ホン・シンシン。テーマパークの建設を予定するなど、世間から注目を集めるホンは卓越した技術と五感を持つ一方で性格は傲慢そのもの。彼を育てあげたエリックにも見放され、路頭に迷うことに。行き着いた先は、彼がテーマパークの建設予定地にしていたホーカーズ(屋台街)。そこでホンは因縁のあるアイリーンと再会し…。ホーカーズで屋台、「愛麗飯店」を経営するアイリーンを演じるのはもちろん綺咲愛里。前回の大劇場公演『エルベ』とは打って変わってアイリーンは気が強く、カンフーの達人という役どころ。ホーカーズで再会する前に、ホンが出場する「食聖コンテスト」の会場に乗り込んで直接抗議をするという正義感も持ち合わせています。その一方で、協力してお店を立て直すことになったホンに手作りのクッキーを作ったり好きなのに好きと言えない繊細さもあるキャラクター。まさにヒロインというこの役どころを綺咲さんはうまく演じられていたように思います。今まで演じてきたキャラクターが活きていたような印象です。そして、彼女の持つ圧倒的なヒロイン感。これこそが綺咲愛里だというようなパフォーマンスでした。それに応えるように、紅さんのホンも非常に良かった。傲慢で自信家、世界をなめてかかっていてめちゃくちゃえらそうという、なんか普通に嫌なやつになってしまいそうなキャラクターを、芝居の仕方でうまく滑稽な役どころに落とし込んでいます。こういう舞台のさばき方が出来る人は少ないよなぁと思わせる芝居っぷり。そして次期トップスターの礼真琴さんが演じるのは、ホンの後釜として「ゴールデンスターグループ」のトップシェフとなったリー・ロンロン。ポスターやスチールでは大きな包丁を担いで悪人顔をしていたので、どんなキャラクターかと思っていたらなんとも憎めないヘッポコ料理人で。ホンに打ちのめされたところをエリックに見いだされ成長していくという、愛すべきキャラクター。眼鏡をかけた気弱な真面目くんが、舞空瞳さん演じるスーパーアーティストのクリスティーナに良いところを見せるために頑張るというところも、どこか応援したくなります。今回のパフォーマンスでは礼真琴の新たな一面を見せたという印象で、これからの星組を背負って立つという気概も見て取れました。次期トップ娘役となる舞空さんも、今回から星組に組替えしてきたということを感じさせない立ち居振る舞い。まだ若いのにすごい娘役です。

 「宝塚歌劇団の座付き作家」としての意識が随所に見られる小柳先生の演出が印象的な作品です。紅さんが今までに演じられてきた作品のオマージュが多く、(あれ、このシーンは…)とファンなら思う場面も。トップコンビのサヨナラ公演ということを意識する場面やセリフも多いです。最近は一本物の再演や海外ミュージカルが増えているような印象がありますが、やっぱりスターシステムを採用している劇団に特有の、作品よりも役者が、つまり「この人にはどういう役を似合うのか」を意識したオリジナル作品にも力を入れて欲しいな、なんてことを改めて意識させるような舞台でした。ヒャダインさんの作曲による音楽もキャッチーなものが多く、宝塚の新しい方向性が見えたように思います。

 最後にものすごく個人的に印象に残っているのは、「ゴールデンスターグループ」のイメージキャラクターを務めるアイドルグループ、「エクリプス」のみなさん。小桜ほのかさん、桜庭舞さん、星蘭ひとみさん、水乃ゆりさんの4人組なんですが、これが全員めちゃくちゃ可愛い。もうすっごいかわいい。星組は娘役がつまりにつまっているような気がするので、そろそろ組替えがありそうだな、なんて考えてしまいます。特に小桜さんはタイミングの悪いケガもあってすこし路線を外れてきたのかなと邪推してしまいますが、演技、歌と実力のある娘役らしい娘役なので組替えを経てもっと活躍していただけたらなと思います。

 

 二本目の『Éclair Brillant』は、酒井澄夫先生作・演出のショー。前回の現代風でポップな『エストレージャス』と比較すれば、今回はクラシカルで宝塚らしいショー作品に感じられました。歌は少なめで、激しいダンスというよりもエレガントな振り付けのダンスが印象に残っています。場面ごとのざっくりした感想を書いていきたいと思います。

プロローグ~

 紅さんがオケピットから銀橋に現れる、華やかな幕開け。銀橋を渡りながらのソロの歌い継ぎは、礼真琴さん→瀬央ゆりあさん→華形ひかるさんの順番。次回からは瀬央さんが二番手ということでしょうか。そしてプロローグのハイライトはやっぱり客席降り。間近で見るタカラジェンヌの綺麗さと言ったら…。今回はラッキーなことに通路側の席だったので、ハイタッチ出来ました。

第六場~

 パリを舞台にした、礼さんと舞空さんがメインの場面。プログラムで確認すると、礼さんの役名は「風の精」になっていました。礼さんは風になって、舞空さんと組んで踊ったり歌ったり。なんというか、新しい星組の方向性を感じさせる場面でした。舞空さんのダンスもかなりパワフルなので、二人の相性は良いような気がします。

第七場~

 ラテンの場面。まずは紅さんを中心にした男役が踊り、そこに綺咲さんが娘役を引き連れて合流。天寿光希さんの歌をバックに、紅さん、綺咲さん、礼さんがタンゴを踊ったあとは、他の組子も舞台に登場してパレードに。パレードが終わると、瀬央さんが娘役を連れて銀橋でソロを歌われます。

第十一場~

 ここからがこのショーのハイライト、「ボレロ」の場面になります。スパニッシュの男女がボレロに乗せて情熱的に、荘厳にダンス。大きな階段のセット、盆回しなど、壮大な演出が続きます。スケールの大きい場面ながら出演者の息が揃っていて、さすがショーの星組だと感じる場面でした。

第十二場~

 舞台はニューヨーク。華形さんを中心に、如月蓮さん、麻央侑希さん、白妙なつさん、夢妃杏瑠さんがフランク・シナトラのメドレーを歌います。如月さんと麻央さんは今回が退団公演で、ひと際大きな拍手が響いていました。私もなんだか泣きそうに…。そのまま音楽はテンポアップして、ロケットに移っていきます。

第十四場~

 フィナーレ。大階段に板付いた紅さんが、綺咲さんや有沙瞳さん、天華えまさん、極美慎さん、舞空さんをつれて歌い踊ります。そして場面が変わると、礼さんが若手の男役とともに、激しいダンス。次に紅さんが、娘役を従えて踊ります。ここからの音楽は三味線の音色が中心になっていて、印象的です。三味線がさらに盛り上がると、場面は男役の群舞にかわっていきます。そして最後は、もちろんデュエットダンス。紅ゆずる・綺咲愛里の最後のデュエットダンス。胸に来るものがありました。

第十九場~

 パレード。歌いながら降りてくるのは、極美さん、天華さん、紫藤りゅうさん、瀬央さん、麻央さん、華形さん、有沙さん。エトワールは舞空さんでした。

 最近は次期トップ娘役がエトワールを務めるのが流行っている感じですね。個人的には、次の公演から羽根を背負って歌いながら降りてこれるんだから他の歌が上手い娘役に譲ってあげてもいいのでは…?なんていう思いがあります。もちろん舞空さんが悪いとかそういうことではなくて演出への願いです。

 礼さんと舞空さんが組んでガンガン踊る場面が多く、これからの星組はこうなるのかなぁと思いました。そしてサヨナラのトップコンビ。相性の良いコンビだったなと改めて感じます。綺咲さんのハチャメチャなかわいさと、それを包み込む紅さんの懐の深さ。決して技巧派のコンビではなかったけれど、この二人にしか出せない魅力、この二人でしか出来ない作品がたくさんあったように思います。本当にお疲れ様でした。