感情の揺れ方

それでも笑っていたい

映画評:『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』

 傑作だ。2010年代最後の年に傑作怪獣映画が誕生した。2014年に公開されたギャレス・エドワーズ監督による前作『GODZILLA』は、3.11、あるいは9.11といった災害や事件を思わせるシーンが散見され(少しではあるが)、どちらかと言えば1954年版の『オリジナルゴジラ』の流れを汲んだ作品だった。だからこそ中途半端な印象を受ける作品だったと言えるかもしれない。ゴジラ、あるいはMUTOの侵攻は放射能汚染の進行であり、彼らは行き過ぎた科学、あるいは度を越えた人類へ警鐘を鳴らすような存在として描かれていた。しかし、今作のマイケル・ドハティ監督はこの『GODZILLA』という作品の方向性を大胆なまでに変更させた。人間のドラマをシンプルに、言うなれば簡単に描く一方で、ゴジラに代表される大怪獣たちの映像はよりスペクタクルに、ダイナミックに洗練させている。そしてなにより、監督自身の「怪獣たちに対する愛」を感じずにはいられなかった。今作は主にゴジラモスララドンキングギドラという4大怪獣が登場するのだが、そのどれもが美しくカッコよく描かれているのだ。ゴジラの登場シーンはもちろん、南極で氷漬けになっているキングギドラのシルエット、火山の噴火口から現れるラドン、各地で目覚める怪獣たちに呼応するかのように繭から目覚めたモスラの羽ばたき。あまりのカッコよさと美麗な映像に、怪獣好きの私は映画館で思わず笑顔になってしまった。およそ20年前の幼い自分に戻ってしまったような感覚だった。「ゴジラシリーズ」に対する心からの愛がなければ、怪獣をあそこまでカッコよく蘇らせることは出来ない。

 そして少し触れたように、よりシンプルになった人間たちのドラマがこの作品をより大きなエンターテインメントにしていることは間違いがない。前作のサンフランシスコ侵攻で弟を亡くした少女とその両親との関係が人間ドラマの核と言っていい。だが、より厳密にいえば「人間ドラマをシンプルにした」のではなく、「怪獣たちをより濃密に、より強大に描こうとした結果人間側がシンプルになった」のだ。それは単純で些細な表現に現れている。政府から独立した機関「モナーク」で研究に従事する科学者たちは、怪獣のことを「タイタン」あるいは「タイタヌス」と呼ぶ。ある種の畏敬を込めて。彼らはまさに、古代ギリシア古代エジプトよりもさかのぼる太古の昔からこの地球上に存在していた「巨神」なのである。神々を前にした人間の行いは、どこまでも矮小に描かれる。ラドンの羽ばたきで人々はいとも簡単に命を落とし、嵐を巻き起こすキングギドラはそこにいるだけで人間の命を奪っていく。詳細は控えるが、それは主要人物でさえも例外ではない。この物語の中に、人間の立つべき場所はどこにもないのだ。「怪獣たちが人知を超越していること」へのアプローチも前作とは方向を変えている。最終的には「ゴジラvsMUTO」という構図があったとはいえ、前作ではMUTOの電磁パルスが人間のインターネットを無効化する、MUTOのタマゴを人間が爆破するどあくまで戦いの構図は「人類vs巨大生物」だった。しかし今作において人間は闘いの土俵にすら上げてもらえない。怪獣を操る「オルカ」もキングギドラには効かず、頼みの綱の「オキシジェン・デストロイヤー」もあっけなく不発に終わる。圧倒的な力を前にした人間に出来ることはもう何もない。ただ逃げまどい、祈るだけだ。この諦観、あるいは祈りが、怪獣たちを神的なものに引き上げている。原始の「巨神」は目覚めてなお「巨神」に違いなかった。しかしその中で唯一、「王」たるゴジラに肉薄した人間がいる。芹沢博士だ。前作から登場している、1954年版オリジナルでゴジラを抹殺し自らも海中に沈んだ芹沢博士の名前を継承した人物である。ネタバレになるのでこれも詳細は控えるが、キングギドラとの戦いで傷ついたゴジラを核爆弾で回復させる役目を担うのだ。この場面は本当に心を打たれた。行き過ぎた科学の象徴たる「核」が、秩序を取り戻さんとする「王」を覚醒させるのだ。そして目覚めたゴジラが水中から現れ、キングギドラの巻き起こすハリケーンをかき消し宣戦を布告するかのごとく熱線を放つシーンの圧倒的なカタルシス。ボストンにその舞台を移した「聖戦」の行方。この星を統べるのはゴジラか、侵略者であるキングギドラか。そして人類の行く末は。

 圧倒的な映像体験だった。怪獣映画、特にゴジラ好きとしては大傑作である。モンスター・ヴァースシリーズの第三作として制作された今作では、東宝制作のオリジナル版をリスペクトしつつ、決別を描いているシーンが印象的だった。それは不発に終わった「オキシジェン・デストロイヤー」だったり、芹沢博士であったり、様々だが、次回以降の作品にも期待を抱かずにはいられないものばかりだ。何度も言うが、傑作です。