感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:宝塚歌劇団宙組『オーシャンズ11』

 10連休の後半に宙組公演『オーシャンズ11』を観劇してきました。いやぁ今回の公演は本当にチケットが取れない。友の会はもちろんぴあも全く。箸にも棒にもという感じでした。なんとかローチケで一公演だけ確保出来ました。本当にありがたい。ローチケの貸切公演はリラックマとコラボした公演になっていて、グッズつきのチケットを購入すると開演前に特別グッズを引換えられたり、改札内では特別コラボグッズを販売していたりと普段の公演とは違った雰囲気が味わえます。燕尾服を着たリラックマ、かわいい。

 今回は105期生の初舞台公演で、本編の前に初舞台生の口上がありました。緑の紋付き袴に身を包んだ105期生が眩しくて眩しくて…。未来のスターに期待してしまいます。

 さて『オーシャンズ11』ですが。原作はもちろんあのハリウッド映画。それを世界で初めてミュージカル化したのが宝塚で、初演は2011年の星組。2013年には花組で再演されています。今回の再演では、初演の新人公演で主役のダニーを演じた真風涼帆、親友役のラスティーを演じた芹香斗亜が再び同役に挑戦するということで、かなり話題になっていました。そして作品自体の人気も相まって、このチケット難。劇団のみなさん、転売の対策をお願いします、本当に。

 あらすじは以下の通りです。

 服役中の天才詐欺師、ダニー・オーシャンが晴れて仮釈放となるその日──ダニーの妻テスの弁護士が離婚届を手に面会に訪れた。テスはラスヴェガスのホテル王、テリー・ベネディクトが新たに建設するホテルのショースターに抜擢され、デビューまでに犯罪歴のあるダニーとは別れる気だという。おまけにテスはベネディクトの新しい恋人だとも噂されていた。今でもテスを愛するダニーは衝撃を受けつつも、ある壮大な計画を思い描く。刑務所を出たダニーが向かった先…そこは運命を変える街、ラスヴェガス───。

 ベネディクトはテスの前ではその本性を隠していたが、冷酷非道な手段でラスヴェガスを牛耳る”本物の悪党”だった。ラスヴェガスのクラブで昔馴染みのラスティ―・ライアンと落ち合ったダニーは、ベネディクトにひと泡吹かせるための計画を打ち明ける。それは、ベネディクトが経営するホテルPARADISOの金庫を破ることだった。PARADISOの金庫には、ベネディクトが経営する全てのカジノの収益金が集まることになっている。その額、一晩で1億5000万ドル──。セキュリティは並大抵ではなく、様々な分野のエキスパートの協力が不可欠だった。ダニーとラスティ―は、早速、仲間集めに奔走する。

 経営するカジノをベネディクトに潰されたルーベン・ティシコフ、老舗ホテルで開催予定だったマジックショーをベネディクトが経営するホテルの横やりで潰された元一流マジシャンのバシャ―・タ―、雑技団一のテクニックを誇るヨーヨーの達人のイエン、イカサマがばれてラスヴェガスを追われたディーラーのフランク・カットン、ハッキングでは右に出る者のいないリヴィングストン・デル、映像を加工してバーチャルな世界を創り出すバージルとタークのモロイ兄弟、元カリスマ詐欺師のソール・ブルーム……その道のプロたちがダニーの誘いに乗った。伝説のスリの息子という肩書を重荷に感じているライナス・コールドウェルも、父を超えたい一心で協力を決意する。こうして、それぞれに並はずれた技術を持つ11人が揃った──。

 果たしてダニーは、目的の為には手段を選ばないラスヴェガスの帝王ベネディクトの裏をかくことができるのか、そして愛する妻テスの心を取り戻せるのか。ラスヴェガス最大のカジノから売上金を奪うという、未だ嘗てない大胆不敵な挑戦が、遂に決行される……。

 

 真風涼帆さんのダニー・オーシャンはめちゃくちゃカッコよかったです。ダニーはもちろん詐欺師の悪党で、そこだけを見れば宝塚の主人公としては難しい役どころ。歴代のダニー役、柚希礼音さん、蘭寿とむさんはその課題をクリアして新たな主人公像を描いていらっしゃいましたが、今回の真風さんも持ち前の演技力で自分だけのダニー・オーシャンを表現していました。なんというか、カッコいいだけじゃない、包容力のあるダニー・オーシャン。テスへの愛、そしてライナスへの愛情。非常に素敵でした。

 芹香斗亜さんはダニーの悪友ラスティ―を。このラスティ―、初演は涼紫央さん、再演は北翔海莉さんとベテランの男役が歴任してきた役どころ。初演の新人公演で一度演じた役とはいえどうかなと思っていたのですが、芹香さん、さすがです。軽妙ながらも大人のダンディーさを見せつつ、遥羽ららさん演じる恋人のポーラには甘く優しく…という。芹香さん、花組で2番手になって以来本当に成長著しい。ヴィジュアルも演技力も歌唱力も、すべての面において躍進されているような気がします。『ハンナのお花屋さん』は特に印象に残っています。そして北翔海莉さん以来の伝統的なギャグキャラクター、ドクター・ジョンソンのシーンもとても良かったです。私が観た公演ではかなりファンキーなジョンソンが…。

 ダニーの妻、テスを演じたのはもちろん星風まどかさん。前回の大劇場公演から博多座公演の『黒い瞳』にかけてちょっと心配になるくらい痩せられたなと思ったんですが、今回もそのままで、そういうアプローチなのかなという印象です。テスも難しい役どころなんですよね。ダニーの妻ではあるものの、自分の夢を追いかけて行く中でベネディクトと出会い、そういう関係になって…。ダニーの愛はもはや信じられず、ベネディクトの愛もどこか信用できない。ラスヴェガスという街でショースターとして成功する、その夢が手に届くまで来ている現状。そこに再びダニーが現れ、揺れ動く感情をどう表現するのか、という。前回の蘭乃はなさんと比較すれば、星風さんのテスはどちらかと言えば大人っぽい、初々しさではなく芯のある女性という雰囲気でした。

 そして、今回個人的にもっとも印象に残っているのはベネディクト役の桜木みなとさん。愛月ひかるさんが専科に組替えされて、そのまま三番手という立ち位置になられて初めての公演がこの『オーシャンズ11』、そしてテリー・ベネディクトということで、本人のプレッシャーも相当なものだったと思います。しかし難曲「夢を売る男」を歌いこなし、野心に燃える男を好演されていました。初演を紅ゆずるさん、再演を望海風斗さんというその後トップスターになられた方が演じられているベネディクトは、いわゆる宝塚の出世役。桜木さんもその例にもれずここからどんどん成長していくのだろうと見る者に期待を持たせるパフォーマンスでした。

 オーシャンズ11の面々、和希そらさん、瑠風輝さん、鷹翔千空さんなど、若手のみなさんの実力もあり、宙組が充実期に突入しているなと思わせる作品でした。その一方で純矢ちとせさんや澄輝さやとさん、蒼羽りくさんと言った長年組を支えてきた方の退団公演ということもあり、宝塚という劇団の移り変わりも感じさせられました。先日発売された『おとめ』を読んでいても、もう組長や副組長を除けば90期や91期の方々が最年長になってくることが分かり、時の流れが身に沁みます。

 そして今回は105期生初舞台公演ということで、恒例のロケットが。もうなんというか、初舞台生が一生懸命ロケットを踊っているところを見ると涙が出そうになりました。一つだけ、演出や振り付けに言うとするなら、やっぱり個人的に初舞台のロケットは最後に全員が銀橋を端から端まで渡ってはけて行って欲しいと思います。真ん中で合流してラインダンスをして、中心から二手に分かれて左右別々に舞台袖に、ではなくて。銀橋は宝塚の象徴です。そしてスポットライトを浴びながら銀橋を渡ることが出来る組子は、一握り。言ってしまえば、この初舞台の機会を最後に二度と銀橋を渡ることなく退団していく組子の方が多いのではないかと思います。だからこそ、初舞台生には全員で銀橋を渡って欲しい。それが、紛れもない青春の二年間を芸事に費やし、命を懸けた努力を積み重ねた生徒たちへの敬意ではないかと私は思うのです。