感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:宝塚歌劇団月組『夢現無双/クルンテープ 天使の都』

  少し前に、宝塚歌劇団月組公演『夢現無双/クルンテープ 天使の都』を観劇してきました。原作は有名な吉川英治さんの『宮本武蔵』。脚本・演出は齋藤吉正先生。齋藤先生の日本物といえばやっぱり星組公演の『桜華に舞え』が思い出されます。北翔海莉さんの退団公演としてはこれ以上ない作品で、今回もどうなるかなと期待しての観劇でした。全体的に言えば失礼ながら思っていたより…という感じ。もちろん私の個人的な感想です。もう少し宮本武蔵の成長というか変化をしっかり描いて欲しかったという気持ちと、美弥るりかさん演じる佐々木小次郎の場面が少ない、少ないというよりは一つ一つの場面が短いな、という印象です。武蔵と美園さくらさん演じるヒロインのお通との関係は原作を踏襲しているために、一時間半という上演時間では煮え切らないなという感想になりました。ただ、印象的に残る場面も多く、どの場面でも舞台装置の使い方が巧みで、世界観に引き込まれました。

 さて、珠城りょうさんが演じるのはもちろん宮本武蔵。珠城さんの力強いヴィジュアルに合った役だったなと思います。ストーリー前半でのまだまだ未熟な武蔵は物語が進むにつれて様々な修行をこなし心技体ともに成長していくのですが、その辺りをもう少し繊細に表現出来ていたらなぁという感じです。いかんせんストーリーがシリアスな雰囲気を保ったまま進行していくので、「ただ強いだけ」の武蔵が精神的に成熟していっていると言われても「いやずっと人を切り続けているだけなのでは」と、小さいところが気になってしまいました。

 この公演が大劇場お披露目になる美園さくらさんが演じるのは、武蔵の幼馴染である笛吹きのお通。先ほども触れたようにお通と武蔵との関係はとても歯がゆいものでした。武蔵を待ち続けるお通と、お通を待たせ続ける武蔵。非常にこう、しっくりこないというか。雑な言い方にはなりますが、宝塚っぽくはなかったように思います。

 そして、今回の公演をもって宝塚歌劇を退団される美弥るりかさんが演じるのは宮本武蔵宿命のライバル佐々木小次郎。やはり圧倒的な美しさと妖しさで小次郎を好演されていました。謎めいた雰囲気と、最強とも目される剣の実力を持つ佐々木小次郎は全体を通してあまり出番がありません。厳密に言えば、出ている場面は多いけれど出ている時間は短い。そういう難しい条件の中で鮮烈な印象を残す表現力はさすがだなと思いました。

 終始シリアスな雰囲気を持って進むこの作品でコメディリリーフ的な役割の又八を演じるのは月城かなとさん。武蔵の幼馴染で、お調子者ながらどこか憎めないキャラクターをしっかり演じられていました。『All For One』でも少しコメディチックなキャラを演じられていて、麗しいヴィジュアルに反して様々な役を出来る方ですね。個人的に期待している若手さんの一人です。若手…95期はもう若手じゃないかな。どうだろう。阪神なら入団10年目は余裕で若トラと呼ばれるところですが。

 そしてこの作品で一番印象に残った方は海乃美月さんでした。去年の『フィッツジェラルド』を観劇した時も思いましたが、ここ最近でものすごく表現力が増していて、円熟味が出てきているように思います。遊女姿が板についていて、和装がすごく似合っていらっしゃいました。それだけに今回の部分休演は悲しい。ショーでも海乃さんを見たかったなぁ。

 

 二本目の『クルンテープ』は藤井大介先生の作・演出です。ファンの間では演目が発表されたときから「タイのショーってなんだ⁉」と話題になっていましたが、やっぱり斬新な作品でした。個人的な感想ですが、劇場で観た印象としては「悪くはない」という感じで…。映像で見直せばもっと違ってくるとは思うんですが、いかんせんまだ一回しか観ていないので、今のところは衝撃の方が強いというか、なんというか。

 もちろん良いなぁと思った場面もいっぱいです。月城さんと暁千星さんがムエタイで戦うシーンは印象的でしたし、風間柚乃さんや蘭世恵翔さんなどの若手、やはりなんといっても美弥さんの黒燕尾も記憶に残っています。

 ただ一番度肝を抜かれたのは輝月ゆうまさん。まだ東京公演があるので詳しく言及するのは避けますが、歌唱力と美貌ですべてをかっさらっていくシーンがあります。もしこのエントリーを読んでから実際に観劇するという方は輝月さんに注目してみてください。要チェックです。 

 

 さて、今回の公演を語るうえで避けて通れないのが、美弥さんの退団公演という点です。2003年入団で、長きにわたって大きく作品に貢献してきた美弥さんが2番手で退団するという事実。美弥さんのファンでもそうでなくても、やはり色々思うところがあるのではないでしょうか。実際私はあります。詳しくは述べませんが。そういうところを考えながら今回の公演を振り返ってみると、どうしても「もう少し美弥さんに良い場面があってもよかったんじゃないのか」と思わずにはいられません。前回の星組公演で退団された、美弥さんと同期の七海ひろきさんが『エルベ』と『エストレージャス』で様々素敵な場面を演じていらっしゃたところを見ると、なんというか思うところがあります。もちろんどちらの作品でも中心的な人物、役割ではあります。佐々木小次郎は主人公の宿命のライバルですから。ただ、やはり物語の行きがかり上最後には死んでしまう。そして場面場面の短さゆえか「人間」佐々木小次郎というよりは宮本武蔵の倒すべき相手としての側面が強調されていて。「宝塚ファン」的には…という。『クルンテープ』も、なんというかもうちょっと、こう、みたいな。もちろんひとつのショー作品として一人の出演者を優遇しすぎてしまうのは決して良くないということは分かっているんですが、それでも「美弥るりかの退団なのにな」という思いがどうしても。珠城さんとのダンスの場面もありましたし、黒燕尾姿は本当に素敵だったんですが。最後にこれは個人的な感想ですが、公演が始まってから曲の差し替えがある、っていうのはどういうことなんでしょうか。それも2曲。権利関係をちゃんとする前に初日を迎えている…?私は差し替えがされる前に観劇できたので幸いでしたが、差し替え後の曲は『セ・マニフィーク』で、いやタイのショーなのにとツッコミたい感じです。もちろん急な変更でそうするしかなかったというのは分かるんですが。もうこれはいちゃもんレベルではあるんですが、退団公演にケチがついたような気がしてしまって…。

 なんだかネガティブなエントリーになってしまったんですが、何度も言うように決してつまらない作品ではないんです。本当に。愛希れいかさんが前回の公演で退団し、今回は美弥るりかさんが退団する。そういう状況の中で、これからの月組はどうなっていくだろうという期待を持たせる公演でした。