感情の揺れ方

それでも笑っていたい

感想:宝塚歌劇団星組『ANOTHER WORLD/Killer Rouge』

 今回は星組の大劇場公演を観てきました。作・演出ともに谷正純先生の、落語を題材にしたRAKUGO MUSICALと銘打った作品になっていますね。タイトル通り、死後の世界を舞台にした物語です。落語噺「地獄八景亡者戯」「朝友」「死ぬなら今」などを下敷きにした、まさしく抱腹絶倒の喜劇作品という印象でした。谷先生と落語を題材にした作品というと、『雪景色』や『くらわんか』などが思い出されます。どちらも大量のセリフに激しい掛け合いが特徴ですが、今回は大劇場公演ということもあり歌の場面も多く設定されています。ですが、どちらかといえば吉本新喜劇を観たかのような感覚で、冥土が舞台で登場人物がだいたい死んでいる作品を観た後とは思えませんでした。いわゆる「ベタなお笑い」というか、キャラクターのかけあいを笑いながら楽しむ作品なので、好き嫌いは分かれるだろうなという印象です。私はなんというか「なにも考えないで済む」作品(『めぐり会いは再び』とか)が好きなので、『ANOTHER WORLD』も楽しく観賞しました。

 紅ゆずるさんが演じる主人公の康次郎はいわゆる上方の二枚目といったキャラクターで、どこか滑稽ではあるものの恋患いであの世にいってしまうような人情味にあふれる役どころ。これがもうピッタリなはまり役で、紅ゆずるの魅力ここにあり、といった感じです。対して礼真琴さんが演じる徳三郎は、粋でいなせな二枚目の江戸っ子というキャラクター。二枚目、という点に対する対照的なアプローチが楽しめました。そして、康次郎がコロッと逝ってしまう恋患いのお相手であるお澄を演じるのは綺咲愛里さん。まぁかわいい。それはそれはかわいい。そのかわいらしいヴィジュアルに反した低めの声が、今回のお澄という役にはマッチしていたように思います。というのも、恋患いで死んでしまうような繊細さと、蛇のしっぽを引っ掴んで叩き殺してしまうような怖さが同居しているのがお澄という役なんですね。完全に新喜劇の未知やすえさんです。あと、もちろん現代風の関西弁ではないにしても、関西出身の綺咲さんに関西出身のキャラクター、というのも良かったのではないでしょうか。言葉のイントネーションだけでなく、綺咲さんに天性のギャップを活かすことが出来る当たり役だったように思います。そして今回の作品で一番演技の幅を広げてきたのでは?と個人的に思ったのは、お兄様こと七海ひろきさんですね。宙組出身の男役ということもあり、『ガイズ&ドールズ』のベニーや『こうもり』のブリントといった少しふざけた役どころは今までもあったにせよ、やはりどの役でも「カッコいい」とか「麗しい」という印象がある方でしたが、今回はまったく違う、まさに新境地を開拓されたように思います。七海さんが演じる喜六は誉田屋の手伝で、気はいいが間の抜けたキャラクター。康次郎が死んでしまう前にお澄を見つけられなかったことを叱責され、やけ酒の肴にしようと5日前に捌いた鯖の刺身を食べたら見事にあたってあの世行き、という顛末が喜六を象徴しています。このようなとぼけた役どころを、七海さんは鮮やかに演じられていました。個人的MVPです。専科から出演された華形ひかるさんは、『くらわんか』以来の貧乏神を演じられていました。康次郎が「貧ちゃん」と言うたびに客席では笑いが。この他にもファンならクスッと来てしまうようなセリフや掛け合いのオンパレードでした。

 日本物らしい、ちょんぱからの始まりは大変華やかで素敵でした。印象に残っているのは、冥途歌劇団のスター美稀千種さんと、ラインダンス。ラインダンスの場面はセット、衣装ともに阪急電車モチーフのデザインでとてもかわいい。

 作品を通して「笑い」が散りばめられていて、観たあとは明るい気分になりますね。

 

 さて、次は二本目の『Killer Rouge』を。作・演出は齋藤吉正先生。全体的にナンバーが多く、歌い通しのショーといった印象です。前回の『Bouquet de TAKARAZUKA』の特徴を「華やかさ」とするなら、今回の特徴は「パワフルさ」ですね。組の実力派たちが存分に力を発揮した、「ショーの星組」の名に恥じない作品でした。第1章からフィナーレまで順番に感想を書いていく形にしたいと思います。

第1章

 まずは十碧れいやさん、麻央侑希さん、紫藤りゅうさん、天華えまさんなどが舞台に登場。そのあとに開演アナウンスと指揮者紹介が入り、すぐにオケピットからあーちゃん(綺咲さんの愛称です)が銀橋へ。派手な登場から熱量そのままに歌い始められます。『Killer Rouge』ではみなさんのスタイリングがいつもとすこし違ってとても素敵なんですが、あーちゃんも魅力が出ていてとても良かったです。

第2章

 あーちゃんの歌に答えるようにして、紅さんが登場されます。紅さんが歌いながら上手から銀橋を渡り、礼さん、七海さん、華形さん、瀬央ゆりあさんが舞台へ。それぞれが歌いながら同じように銀橋を渡られます。個人的に瀬央さんは昔から応援しているので、「おっ!ソロで銀橋か~!」とうれしくなりました。あと、この時に銀橋の瀬央さんと目が合って、ものすごくドキドキしました。バウホール主演、おめでとうございます。ステージではそれ以外のみなさんがダンスやコーラスをされていましたが、コーラスの面々は紫りらさんがソロ、有沙瞳さんと小桜ほのかさんがデュオ、夕渚りょうさんと遥斗勇帆さん、音咲いつきさんと二條華さんでカルテットという、星組らしい実力派揃いで、聴きごたえがありました。

第3章

 華形さんを中心に、天寿光希さん、漣レイラさん、夕渚さん、遥斗さん、希沙薫さん、極美慎さん、碧海さりおさん、天飛華音さんが歌い踊る場面です。アイドルっぽい演出で、銀橋を下手から渡って上手で決めポーズ。最近の宝塚のショーで時々観る感じと言ったら伝わるでしょうか。ひかるさんがすごくかっこいい。あと、慎くんの立ち位置がセンターのすぐ下手側だったのですが、若手の勢いを感じますね。

第4章

 「赤ずきんちゃん」など、いくつかの童話をモチーフにした場面ですね。赤ずきんちゃんをあーちゃんが、オオカミをこっちゃん(礼さんの愛称です)が担当されています。二人の衣装がすごくかわいく、こっちゃんにはもふもふのしっぽまでついていました。衣装部さんのこだわりが感じられます。他にも魔女を万里柚美さん、野獣を如月蓮さん、王子を大輝真琴さん、ピーターパンをれなくん(十碧さんの愛称です)、マッチ売りの少女をくらっち(有沙さんの愛称です)が担当されています。この場面ではこっちゃんのシャープなダンスとヴォーカル、くらっちのハイレベルな歌が目立っていました。

第5章

 ここは少しストーリー仕立ての場面です。サラリーマンに扮した紅さんが紫月音寧さん演じる奥さんに見送られるところからスタート。紫月さんがいい味を出されています。実はスーパー刑事である紅さんは、怪盗Mask of Rougeを捕まえることになるのでうが、この怪盗がかいちゃん(七海さんの愛称です)で、しかも女怪盗なんですね。そうです、女装されてます(よく考えるとおかしな言い方ですけども)。この時の七海さんがとてもきれいでした。二人の対決は若者の集うクラブへと舞台を移します。そこでクラブシンガーとしてBGM(ショー作品で、カゲではない舞台上でのソロ、コーラスを個人的にこう呼んでいます)を担当しているのが華鳥礼良さんなんですが、もうめちゃくちゃうまい。『ANOTHER WORLD』でも歌の場面を多く任されていらっしゃいましたが、今星組の若手の中では一、二を争う実力の持ち主ですね。あと、華鳥さんと音咲さんの着ていた衣装が、『オーシャンズ11』のスリージュエルズの衣装と同じだったような気がします。

第6章

 華雪りらさん、水乃ゆりさんなど若手の娘役さんたちが板付き。瀬央ちゃんが登場して、ほのかちゃんと星蘭ひとみさんを引き連れて上手から銀橋へ。ポストマン風の衣装がかわいらしくて良かったです。そして、瀬央ちゃんがこういう一場面丸まる任されるようになったんだなぁ、といううれしさがありました。

第7章

 バラの咲く宮殿が舞台の場面。ここは組子勢ぞろいで、歌にダンスにてんこ盛りといった感じのショー。章の終わりまで歌い通し。選曲は齋藤先生らしく、歌謡曲からアニメのオープニングまで幅広い。特にあーちゃんを中心にした『薔薇は美しく散る』、そしてかいちゃんの『罪な薔薇』は印象的でした。これぞお兄様のお兄様たる所以、という感じ。そして、紅さんとこっちゃんが踊るシーンでBGMをしていた輝咲玲央さんと白妙なつさんの歌も素晴らしいものでした。

第8章

 こっちゃんと音波みのりさんによるスパニッシュな雰囲気の場面。二人のキレキレなタンゴと、安定した歌唱力を楽しむことができます。

第9章

 今回の公演で卒業するれなくんと白鳥ゆりやさんを見送るような、うるっとくる場面です。まずステージにはあーちゃんを中心に、白鳥さんなどのダンサーが。そして上手かられなくんが歌いながら銀橋を渡ります。銀橋にいるれなくんだけでなく、ステージで踊る白鳥さんにもずっとライトが当たっていて、花向けの演出に心動かされます。この場面が終わると、ウィッグも含めて全体的にペガサス風の衣装を身にまとった紅さんと、『シトラスの風』っぽい衣装の組子さんたちがステージへ。ここからはダンスを中心に場面が展開していきます。

第10章

 9章の最後から舞台に残っていた紅さんによる掛け声から、第104期初舞台生による華やかなラインダンスの場面が始まります。白地にピンクのラインが入った桜モチーフの衣装に、白とピンクの羽を背負い、曲は森山直太朗さんの『さくら』のアレンジという桜尽くしの演出になっています。最後はもちろん銀橋でのラインダンスなのですが、ステージから二組に分かれて上下左右から銀橋に入り、センターで落ち合う、という形になっています。そして、はけるときも中心から左右に分かれて、という形。これはとても個人的な感想なのですが、生徒さんの中には初舞台のラインダンスが最初で最後の銀橋を渡る機会になるという方もいらっしゃるので、しっかり渡る形を取って欲しかったなぁと思ったりします。今回のような形だと、端っこの方は渡るどころか銀橋に立ってもいないような感じだったので。

第11章

 ここからはいわゆるフィナーレナンバーが続きます。まずは大階段でこっちゃんを中心に男役さんだけで西城秀樹さんの曲を。そのあとは娘役さんたちも加わって、紅さんが及川光博の曲を。最後はひかるさんの歌をBGMにしながら紅さん、あーちゃん、こっちゃん、かいちゃん、瀬央ちゃんによるダンスシーンから、トップコンビによるデュエットダンスへ。この章からはかいちゃんが髪の毛をセットし直しているのですが、それが今までとはちょっと違った雰囲気になっていてめちゃくちゃかっこいいです。こっちゃんは各場面で歌いっぱなし踊りっぱなしなのですがここに来ても絶好調という感じで、体力どうなってるんでしょうか。

第12章

 パレードですね。エトワールは、前回の『ベルリン』から娘役へ転向した音咲いつきさん。歌、ダンスともに実力のある男役だったので初めて知った時には少し驚きましたが、娘役になっても実力は健在です。

 今回のショーはとても私好みで、すごく楽しむことが出来ました。そして印象に残っているのは、先述したように瀬央ちゃんの番手が上がっていることと、慎くんが勢いに乗っていることですね。慎くんは100期生ながらパレードでも歌いながら降りてきていたので、これからに期待です。宝塚には世代交代がつきものですが、やはりサヨナラは寂しい限りです。十碧れいやさんの、『めぐり会いは再び』の新人公演や『アル・カサル』での姿は忘れられません。そして、実力ある歌とダンスで舞台を支えていた白鳥ゆりやさん。タカラヅカの男役、娘役としてのお二人をもう生で観る機会がないと思うと、寂しくてなりません。本当にお疲れ様でした。